偽婚
「お前、ふざけんなよ」
ジュエリーショップを出た数秒後に、神藤さんは豹変する。
「何が『ダーリン』だよ。何が『世界一周クルーズの旅』だよ。調子に乗るな」
「そっちが先に言ったから、乗ってあげただけでしょ?」
「だからってなぁ、もうちょっとマシなキャラ作れよ。あんなのただの、バカップルだろ。うちの社員に見られでもしたら、俺は影で笑い者だ」
こうやって喧嘩している姿こそ、誰かに見たら困ると思うんだけど。
そんなの無視して、私は左手を空に掲げてみる。
傷ひとつないシルバーのリングが、重く輝きを放っていた。
「何か不思議な気分だよね。結婚指輪なんて、一生、嵌めることなんてないと思ってたのに」
なのに、最初で最後になるであろうそれを、偽装結婚の相手からもらうなんて。
神藤さんは怒るのを諦めたのか、肩をすくめて煙草を咥える。
「俺だって結婚とかまだよくわからないし。でもそういう形は、ふたりで作り上げていくもんじゃないのかと、今はちょっと思うよ」
「名言だね」
「でも所詮、俺らは離婚予定の偽装結婚だから、偉そうに知った風なことは言えないけどな」
1年後には、私たちは他人に戻る。
きっと寂しいだろうけど、それが今後のお互いの人生のためになる。
偽物の輝きが、少しだけ悲しかった。