偽婚
神藤さんの実家は、郊外にある大きな一軒家だった。
それを見て、私の決意はいきなり崩壊してしまった。
「思ってた以上に神藤さんってお金持ちの息子だったんだね」
「そんなこと言ってる場合かよ。いいか? 作戦通りにしろよ。行くぞ」
言うが先か、神藤さんはチャイムを押した。
すると、すぐに重厚なドアが開き、中から初老の女性が顔を出した。
「おかえりなさい、柾斗さん。お話はうかがっています。旦那様と奥様がお待ちです。さぁ、中へどうぞ」
誰かと思ったら、「お手伝いの田中さん」と、神藤さんが教えてくれた。
お手伝いさんまでいるなんて、とんでもないセレブじゃないか。
さらに委縮してしまいそうだったが、今はそこを気にしている場合じゃない。
広い吹き抜けの玄関を過ぎ、神藤さんが奥の部屋のドアを開けると、リビングルームの高級ソファに、その男女の姿はあった。
「あ、えっと、はじめまして、杏奈です」
最上級の笑顔を作ったつもりだったが、しかしふたりは私に取り合わない。
「柾斗。これはどういうことなのか説明しなさい」
「だから、電話でも話した通り、僕は杏奈と結婚しました。すでに婚姻届も提出済みです」