偽婚
帰りの車内で、私と神藤さんは、緊張感から解放された安堵で、ぐったりしていた。
「やればできるじゃないか」
「そっちこそ、普段とキャラ違いすぎだから」
そこまで言って、力尽きた。
今は言い合う気力もない。
「でもさ、お母さん、すごく優しい人だね。世の理想の母って感じ?」
「かなりの天然だけどな。家電いじってたらよく壊すし。それで心配になった父が、田中さんを雇ったんだ」
「お手伝いさんがいる家なんて、ほんとにあるんだね。びっくりだったよ」
「田中さんなぁ、何作っても飯が甘いんだよ。味が濃いならわかるけど、甘いって意味わかんないだろ? それに耐えられなくて、俺は大学入学を機に家を出た」
セレブも大変だなと思ったら、何だか笑えてきた。
だから神藤さんは、こんなにめんどくさい性格になってしまったんだなとも思う。
「まぁ、お母さんにも言われたわけだしさ、1年だけだけど、ふたりで頑張ろうね、ダーリン」
「だから『ダーリン』だけはやめろっつーの」
友達じゃない。
愛も恋も存在しない。
だけど、私と神藤さんは、互いを信頼し、共に背中を預けて戦っているような、そんな関係になってきた気がした。