偽婚
元カレのこと。

ずっと、なるべく思い出さないように努め、忘れようとしていたのに。



「本当にこのまま、被害届も出さずに泣き寝入りするつもりか」

「だって、それは、合鍵渡してた私も悪かったし」

「でも人のものを盗んだら犯罪だって、小学生でも知ってることだろ」

「それはそうだけど」


口ごもる私に、しかし神藤さんは毅然と言う。



「いいか? 罪を犯したやつは償わなきゃいけない。それが意図的であったにせよ、出来心であったにせよ、放っておいたら、そのうちまた、お前と同じような被害者が出るかもしれない」

「………」

「金を取り返すためだけじゃない。そういうことを抑止する意味でも、犯罪者は警察に突き出すべきだ」


確かに、私と同じような目に遭う子が増えるべきではない。

元カレに対する複雑な感情はまだ少し残っているけれど、でも神藤さんの言うことはもっともだと思った。



「わかった。そうする」


いつもふざけたことしか言わない神藤さんが、本気で私の心配をしてくれているのが嬉しかった。

そういう気持ちを、無駄にするわけにはいかないと思ったから。


うなづく私を、神藤さんは笑っていた。

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