偽婚
すぐに会話を終わらせ、飲みものを取りに向かいながら、神藤さんは声を潜める。



「何であの人の名前がわかった?」

「さっき、向こうで話してたのが聞こえたから」

「それだけで?」

「私、人の顔と名前覚えるの、得意なの」

「恐ろしい能力を隠し持ってたんだな、お前は。そういうことは早く言えよ」

「キャバだったしね、ただの職業病だよ。でもそのおかげで助かったでしょ?」

「あぁ。まさかお前に助け舟を出されるとは思ってなかったけどな」


これで感謝してるつもりなのだろうか。

相変わらず、神藤さんはひねくれてるなと思う。



「もしかして、今日話した人全員の顔と名前、覚えたのか?」

「当然だよ。もし、どこかで会ったりしたら、困るじゃない」

「すごいな。うちの社員にほしい能力だ」

「あ、じゃあ、別れたら雇ってよ」

「何でだよ。仮にも元妻なんか雇えるわけないだろ」


いつものくだらない言い合いも、こういう時には少し嬉しい。

私も神藤さんの役に立っているんだという実感で、どうにか胸を張っていられるから。

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