偽婚
そんなこんなで、私たちは、土日を使っての、1泊2日の旅に出た。
場所は、京都。
浮かれる私をよそに、神藤さんは、新幹線の中でもタブレットを離さない。
「そんなもんばっか眺めてたら、酔うよ?」
「月曜の朝イチで会議があるんだよ。データを頭に入れておかなきゃ、話にならない」
「ワーカーホリックだね。いつか体壊しちゃうよ?」
「放っとけ。そういうお前こそ、たかが旅行で浮かれすぎなんじゃないのか?」
「だって、私、旅行って初めてなんだもん」
「は?」
顔を上げた神藤さんは、眉根を寄せていた。
「修学旅行くらい、行ったことあるだろ」
「ないよ。私、一度も地元から出たことないの。だから、嬉しくてさ」
「マジかよ」
神藤さんは信じられないという顔をして、背もたれに背をつける。
神藤さんにとっては『たかが旅行』でも、私にとっては初めての経験なのだから、浮かれるくらいは許してほしい。
「ってことで、子作り新婚旅行、楽しもうね、ダーリン」
「だから、『ダーリン』だけはやめろって何度も言ってるだろ。それに子作りはしないし、新婚旅行でもない。ふざけんな」
そんな風に言いながらも、それから神藤さんは、一度もタブレットに触らなかった。
それが、初旅行の私への気遣いだということは、わかっている。
私は、そういう神藤さんの優しさが好きだった。