偽婚
「何でお前がいるんだよ」

「杏奈ちゃんと逢引しにきたんだよ」

「人の妻にちょっかい出すな」

「偽装結婚だろ? それとも、嫉妬か?」

「バカを言うな。変な噂が広まると困るって意味だろ」

「へぇ。つまんない理由だな」


高峰さんは、神藤さんに何を言わせたいのだろうか。

しかし神藤さんは、ますます不機嫌な顔になる。



「おい、杏奈。こんなやつを家に入れるな」

「え? でも……」

「着替えてくる。その間にそいつを追い出しておけ」


背中を向けた神藤さん。

高峰さんは、邪険にされたわりに、「ははっ」と笑うだけ。



「何だか今日は神藤の機嫌が悪いみたいだから、大人しく帰ることにするよ」

「ちょっ、高峰さん!」


私のためにきてくれたのに。

慌てて引き留めようとするが、しかし高峰さんは書類を片付けて、玄関に向かう。


私はため息を吐いた。



「ごめんね、高峰さん」

「いいって、いいって。杏奈ちゃんが気にすることじゃない。それに、元々、あいつはあれが普通だし」


不機嫌なのが普通?

首をかしげる私を笑い、高峰さんは「じゃあな」と出て行った。


私は、改めて、神藤さんのことなんて何も知らないんだなと思い知らされた気分だった。

< 80 / 219 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop