偽婚
言い捨てて、神藤さんはまた自室に消えた。

蛇口の水を止めることも忘れて、私は力が抜けたみたいに、床にへたり込む。



うなじ、舐められた。

吐息がまだそこにかかっているみたいだ。


水音よりも、鼓動がうるさい。

火傷した指より、うなじの方がずっと熱い。



「あぁ、やばいな……」


梨乃が余計なことを言うから、変に意識してしまうじゃないか。

好きになったって、どうせ不毛なだけなのに。


てか、神藤さんだって意味がわからないよ。


ヤリたいだけなら、とっくに押し倒されてるだろうし。

なのに、手は出さないくせに、嫉妬したカレシみたいなことを言う。



ひとつ屋根の下で暮らしてるのに、こんなことされたら、私どんな顔してればいいの。



「もう! バカ!」


叫んだ声が、虚しく響く。

自分の内側から溢れそうな気持ちを押し殺すことに、私は必死だった。

< 83 / 219 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop