偽婚
ゆっくりと顔を上げた神藤さんは、目を見開いていた。



「何でそれを」


言いかけて、でもはっとして口をつぐむ。

失言だったとでも言いたげな、バツの悪そうな顔をして、でも次には諦めたように息を吐いた。



「高峰から聞いたのか?」

「違うよ。高峰さんは何も言ってない」

「じゃあ、どうして気づいた?」

「旅行中、神藤さんが寝言で美嘉さんの名前呼んでたから」

「マジかよ」


神藤さんは大きく肩を落とす。



「別に、昔の話だよ。美嘉も大学の同期だった。それでまぁ、ちょっといいなと思っただけで」

「嘘ばっか。だったら未だに寝言でまで名前呼ぶわけないじゃん」


私の追求に、神藤さんは何とも言えない顔になる。

しばらくの後、神藤さんは私に正直な気持ちを話してくれた。



「確かに大学の頃は、美嘉のことを本気で好きだった。でも俺は、仲のいい友人という壁を壊すことを恐れていた」

「………」

「そうこうしているうちに、兄から見合いをしたと報告を受けた。相手は美嘉だった」


好きな人が、兄の婚約者になった。


神藤さんは、その時、どんな想いだったのだろう。

想像したってちっともわからない。
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