箱庭ガール
夏10
(この感じ、苦手だな)
小走りで玄関まで行き中へ入ると、そのまま自室へと向かった。
まるで蒸し器の中に詰め込まれたかのような気分になる。ドアから真っ直ぐに窓へ向かい開け放った。強い風がカーテンを大きく揺らす。
黒い雲は動きが速く、あっという間に空全体を染め上げていった。
花菜はウォークマンとうちわを引っ掴んでベッドに座る。
準備は万端だ。いつでも来い。
少しして遠雷が響いてくる。花菜は急いで窓を閉めると、ベッドに寝転び、ウォークマンを爆音で鳴らして目をつむった。
そして、体温が上がらないように気を付けながら、ゆっくりとうちわを扇ぐ。
これが、雷が遠ざかるまでの過ごし方だ。
思い出したくない記憶。
いつまで経っても帰らない両親。
部屋の中には激しい雨の音と、地響きと共に轟く雷鳴で埋め尽くされていた。
とても心細かった。真っ暗な家の中で、たった独りで、もう帰ってくる事はない家族を待っていたのだ。
考えたくはないのに考えてしまう。瞳の奥が熱くなる。
雷なんて早く去れ、早く去れ、早く、早く――!
「っ!?」
突然、ウォークマンが耳から抜け落ちる。いや、引っぱられて抜け落ちたと言うべきだろうか。
花菜が驚いて目を開けると、敦大がこちらを静かに見下ろしていた。
彼が握っているイヤフォンから、シャカシャカと音が漏れている。
「ノックして声かけたんだけど?」
「聞こえなかった。ごめんね」
敦大に謝りながら起き上がると、ウォークマンを停止させた。
「……何? あんた、泣いてんの?」
敦大の言葉に、花菜は慌てて目元を拭う。
その腕を、彼が掴んで止めた。
「我慢するなよ。つらいならつらいって言え。話とか、ちゃんと聞いてやるから。前にも言っただろ? 平瀬家はお前の力になってやるって」
花菜は、敦大の腕にしがみついて泣いたあの日を思い出した。
彼のお陰で、彼女の心は前向きになれたのだ。
「……俺じゃ頼りないわけ? 兄貴にだったら言えんの?」
最後は声のトーンが落ちた。
「あっくん、ありがとう。大丈夫。ちょっと、思い出しただけだから」
「何を?」
敦大は花菜の腕から手を放し、隣に腰を下ろして訊ねた。
外では雷鳴が重苦しく唸っている。
「両親が亡くなった日が酷い雷雨だったの。だから、こんな天気の日は、その日の事を思い出しちゃってね」
そう言いながら、花菜は無理に笑顔を向ける。
「だから、そうやって変な顔して笑うなって言っただろ。寂しいなら、そ、側に居てやる。ま、まあ、あんたが邪魔だと思うんだったら戻るけど」
彼は床に視線を落としながら言った。その横顔からは、まだ少し幼さが感じられた。
「あっくんは優しいね。ありがとう。嬉しいよ」
彼の頭を撫でようと手を伸ばす。するとすかさず、敦大に腕を掴まれた。その力は少し強くて痛い。
彼の手はこんなに大きかっただろうか。
薄暗い部屋の中、こちらに向けられた彼の強い眼差しに、花菜の鼓動はどきりと跳ねた。
小走りで玄関まで行き中へ入ると、そのまま自室へと向かった。
まるで蒸し器の中に詰め込まれたかのような気分になる。ドアから真っ直ぐに窓へ向かい開け放った。強い風がカーテンを大きく揺らす。
黒い雲は動きが速く、あっという間に空全体を染め上げていった。
花菜はウォークマンとうちわを引っ掴んでベッドに座る。
準備は万端だ。いつでも来い。
少しして遠雷が響いてくる。花菜は急いで窓を閉めると、ベッドに寝転び、ウォークマンを爆音で鳴らして目をつむった。
そして、体温が上がらないように気を付けながら、ゆっくりとうちわを扇ぐ。
これが、雷が遠ざかるまでの過ごし方だ。
思い出したくない記憶。
いつまで経っても帰らない両親。
部屋の中には激しい雨の音と、地響きと共に轟く雷鳴で埋め尽くされていた。
とても心細かった。真っ暗な家の中で、たった独りで、もう帰ってくる事はない家族を待っていたのだ。
考えたくはないのに考えてしまう。瞳の奥が熱くなる。
雷なんて早く去れ、早く去れ、早く、早く――!
「っ!?」
突然、ウォークマンが耳から抜け落ちる。いや、引っぱられて抜け落ちたと言うべきだろうか。
花菜が驚いて目を開けると、敦大がこちらを静かに見下ろしていた。
彼が握っているイヤフォンから、シャカシャカと音が漏れている。
「ノックして声かけたんだけど?」
「聞こえなかった。ごめんね」
敦大に謝りながら起き上がると、ウォークマンを停止させた。
「……何? あんた、泣いてんの?」
敦大の言葉に、花菜は慌てて目元を拭う。
その腕を、彼が掴んで止めた。
「我慢するなよ。つらいならつらいって言え。話とか、ちゃんと聞いてやるから。前にも言っただろ? 平瀬家はお前の力になってやるって」
花菜は、敦大の腕にしがみついて泣いたあの日を思い出した。
彼のお陰で、彼女の心は前向きになれたのだ。
「……俺じゃ頼りないわけ? 兄貴にだったら言えんの?」
最後は声のトーンが落ちた。
「あっくん、ありがとう。大丈夫。ちょっと、思い出しただけだから」
「何を?」
敦大は花菜の腕から手を放し、隣に腰を下ろして訊ねた。
外では雷鳴が重苦しく唸っている。
「両親が亡くなった日が酷い雷雨だったの。だから、こんな天気の日は、その日の事を思い出しちゃってね」
そう言いながら、花菜は無理に笑顔を向ける。
「だから、そうやって変な顔して笑うなって言っただろ。寂しいなら、そ、側に居てやる。ま、まあ、あんたが邪魔だと思うんだったら戻るけど」
彼は床に視線を落としながら言った。その横顔からは、まだ少し幼さが感じられた。
「あっくんは優しいね。ありがとう。嬉しいよ」
彼の頭を撫でようと手を伸ばす。するとすかさず、敦大に腕を掴まれた。その力は少し強くて痛い。
彼の手はこんなに大きかっただろうか。
薄暗い部屋の中、こちらに向けられた彼の強い眼差しに、花菜の鼓動はどきりと跳ねた。