Only you〜伝えたかった、たったひとつのこと〜
俺達は、目に付いた居酒屋に入った。席に着いた俺は、ふと気が付いて言った。


「そう言や、小川、彼氏いるんだろ?いいのかよ、俺と2人きりなんかで。」


「何?あんた、私に下心あんの?」


「そんなんじゃねぇけど、あとで彼氏と揉めたりされても、困るからさ。」


「へぇ、サワって意外と気を使うんだね。」


「小川。」


「大丈夫だよ、別に後ろめたいことしてるわけでなし。それに・・・バレたって、何とも思わないよ、あの人は。」


と言うと、ちょっと悲しそうな顔をする小川。おい、どうしたんだよ、よかったら話してみろよ・・・なんて気の利いたセリフなど、俺には言えるわけもなく、スルーのまま、ドリンクオーダーに。


ゴールデンウィークにも、小川と一緒に飲んだが、基本的には陽気な酒。と言っても羽目を外すわけではなく、女子らしい慎みは忘れない。


俺は翔真のことがあったから、小川には好意を持ってなかった時期が長かったんだが、再会して、何回かこうして会ううちに、彼女への印象がすっかり変わった。


この日も仕事の話や中学時代の話で盛り上がった。考えてみたら、男相手でも一対一で飲んだのなんて、ほとんど記憶にない俺と、ここまで盛り上がれる小川のコミュ力は、羨ましい限りだ。


「どうなの、梓は上手く行ってそう?」


話題はやがて、あまり愉快じゃない方向へ。


「知らねぇよ。でももう会社でもオープンになってるし、昼はいつも一緒に食いに行ってるし、順調なんじゃねぇの。」


と答えた口調は、やや尖っていたみたいだ。


「何、怒ってるのよ。ヤキモチ?」 


「別に。なんで俺が妬かなきゃなんねぇんだよ。」


と答えた俺を、フフンとでも言いたげに見た小川は、でもそれ以上は突っ込んでは来ずに


「ま、便りがないのは無事な証拠、だもんね。」


と言うと笑った。
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