Only you〜伝えたかった、たったひとつのこと〜
みんなが楽しそうに飲み始めたのを、俺は一歩引いたような感じで見ていた。


石原は内田達と何やら盛り上がっている。課長は部長や向こうの課長と話しながら、やって来る部下達からの酌を笑顔で受けている。課長代理や木村さん達もピッチが早い。そして田代は甲斐甲斐しく、幹事として動き回っている。


4月に入社してから8ヶ月が過ぎた。自分でもほとんど考えて来なかった一般企業への就職、昨夏の教授の早過ぎる死が、俺の人生を変えることになった。


それがよかったのか、悪かったのかなんて、もちろん今はまだわからない。わかるのは、ひょっとしたら死ぬ時なのかもしれない。


「ちょっと澤城さん、少しは動いて下さい!」


その声にフッと我に返ると、田代が膨れっ面でこっちを睨んでいる、と言っても怖くないどころか、可愛ささえ感じる年下同期生の怒り顔に、ふと妹の栞菜を思い出した俺は


「ゴメン、ゴメン。で、何をすればよろしいですか?先輩。」


とちょっとからかうように言ったら、余計に怒られてしまった。


それも一段落して、ようやく席に付いて、田代と乾杯をし直して、少し料理に箸を付ける。


いつの間にか、席は宴の始まりのころからは、全く入り乱れ、見れば課長と石原は、仲良さそうに寄り添って、話をしている。


「ア〜ァ、羨ましいなぁ。課長と梓さん。」


と言ってる田代に


「人の恋路を羨ましがってるだけじゃ、なんにも始まんないよ、和美。」


と言いながら近付いてきた、いい顔色の内田が酌をする。


「あ、先輩、すみません。」


恐縮したようにコップを差し出す田代を見ながら


「ねぇ。」


と珍しく内田が俺に声を掛けてくる。


「あんたは、梓が本当に楽しそうに見える?」


「どう見ても楽しそうじゃねぇか。」


「というより、幸せそうです。」


ぶっきらぼうにそう答えた俺に続いて、田代もそう答えた。そんな俺達の顔を、内田は少し見ていたが


「そっか。」


と言い残すと、俺達から離れて行った。


忘年会は向こうの課長の三本締めで、賑やかに終了。課長と石原を始め、大部分の連中がそのまま二次会に流れて行ったが、幹事の大任(?)から解放された俺はとっと帰宅。


なんかもうこの場に居たくなかったから。
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