Only you〜伝えたかった、たったひとつのこと〜
明日のミーティングに必要な資料がまとまらず、今日も残業してしまった。


前任の課長の時は、新人のくせに、ほとんど定時で上がってたのが懐かしい。あの頃の俺は、仕事を甘く見ていたとつくづく思う。


時計を見るとまもなく7時。なんとかあと1時間くらいで目処を立てたい、そう思いながら、ひと息いれようと席を立とうとした時だ。


「お疲れ。」


と言う声が。振り向くと笑顔の石原が


「よかったらどうぞ。」


ポットに作ったコーヒーを俺のデスクの上のカップに注いでくれる。


「あ、悪いな。ありがとう。」


かつての同級生とは言え、今は先輩である彼女の心遣いに、俺は少し恐縮しながら、礼を言う。


「まだ掛かりそう?」


俺の横に立ち、コーヒーカップを手にしながら、石原が聞いて来る。


「ああ。石原は?」


「私は、これ飲んだら帰る。」


「そうか、お疲れさん。」


「うん。」


だいぶ、人の少なくなったオフィス。俺達はまったりとコーヒーを楽しむ。


「そう言えば、栞菜ちゃん、元気?」


俺の手にあるカップを見ながら、石原が聞いて来る。


「ああ。こないだ、ケンカしちまったよ。」


「どうしたの?」


「今週末、彼氏とお泊りデートとか言いやがるから、ふざけるなって言ったら、もう私も大人なんだから、兄さんにいちいち干渉して欲しくないって言われて、それでな。」


と苦笑いで答える俺。


「厳しいね、澤城くんは。クリスマスだもん、仕方ないじゃない。私だって・・・。」


と言いかけて、ハッとしたように言葉を止めて、なぜか恥ずかしそうに俯く石原。


「石原こそ大人だし、それに俺が石原の行動にとやかく言う筋合いなんて、それこそねぇだろ。」


なんて言った俺は、でも本当は石原にこそ、この週末、アイツのとこになんか行くなって言いたい自分に気付いていた。
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