Only you〜伝えたかった、たったひとつのこと〜
社に戻ると、すぐに澤城くんが課長のデスクに向かい、ペーパーを提出した。朝言われてたデータだろう。


課長は、それを一読したあと


「わかった。じゃ、これで隣に持ってってくれ。」


戻されたペーパーを受け取って、澤城くんが一礼して離れようとすると


「そうだ。澤城、今度の試食イベント、お前も石原のサブとして加われ。」


「わかりました。」


「詳しい話は石原から聞け。ただし、ちゃんと昼飯食ってからでいいぞ。」


そう言うとニヤリと笑う課長。どうやら澤城くんが、昼休み返上で資料を纏めたのを、ちゃんとお見通しのようだった。


そんな課長に、しかし澤城くんは表情も変えず、軽く会釈しただけで立ち去る。ちょっとくらい、微笑んで見せればいいのに・・・。


課長の温情で、遅い昼食を摂った澤城くんが私に声を掛けて来たのは、もう3時休憩の近くだった。


「よろしくお願いします。先輩の足を引っ張らないように頑張りますから。」


旧知の私には、こんな冗談も言えるのに・・・私はちょっとイラッとしたものを感じながら、彼との打ち合わせに入る。


「普通の試食は、新商品とか、こちら側が売り込みたい物を提供するんだけど、今回はお客様が希望したウチの商品をその場で試食してもらって、感想を聞かせてもらう企画なの。」


「なんでもいいのか?」


「そう。ピラフや餃子なんかが人気だろうけど、麺類とか野菜も出るだろうから、私達の手際も試される。」


「スゲぇ、ロスが出そう。」


「それは覚悟の上。とにかくこちらからの押し付けでなく、お客さんが何時に何を要望されるか、そしてどんな感想を言うか、少しでもナチュラルな消費者ニーズを汲み取りたいというのが、課長の狙いだから。」


私はつい、熱弁を奮ってしまう。それを澤城くんは一応メモなんか取りながら、フムフムと聞いてくれた。


「また金曜日に向こうと打ち合わせに行くから、その時は、澤城くんも一緒によろしくね。」


「わかりました。」


澤城くんが表情を変えずに頷いた時、ちょうど3時休憩のチャイムが鳴った。
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