愛しの彼はマダムキラー★11/3 全編公開しました★
第一章
○とあるオフィスビル(昼間)
悲しげにビルを見上げ、諦めたようにため息をつくと、美海はトボトボと歩き始めた。
美海(あーぁ)
彼女は二十四歳。
大学を卒業してから、いくつかの職場を転々としている。
一生懸命がんばっているのに、どういうわけだか仕事が長く続かない。
一度目の職場は倒産。社長が夜逃げ。
これは美海がどうこうできる問題ではないので仕方がない。
二度目の職場は人員削減。
これは避けることが出来なかったわけではないが、先輩に泣きつかれてつい美海は自分から身を引いた。
今回の離職は三度目になる。
原因はアフリカ転勤を言い渡されたこと。
どうしても、どうしても行きたくなかった。
美海(どうしてアフリカなのよー!)
通行人が怪訝そうに見つめる中、美海は頭を抱えて屈み込んだ。
美海(他にあるでしょ、せめて予防注射しなくてもいけるところがあるでしょうに! あーー)
溜め息をついて気を取り直し、また歩き始める。
美海の両親は都内の家を手放して、農業を営んでいる知人を頼り、大好きな北海道に移住してしまった。
下町の日の当たらない小さな家が、ついに建て替えの時期を迎えたことと、美海の大学卒業。そして、父のリストラなどが重なったことがきっかけになったのである。
○(回想)住宅街の道
ボロな車に荷物を山盛り載せて、助手席の窓から両親が手を振る。
美海の母「じゃあねー、都会の生活に飽きたら、いつでもいらっしゃい」
美海の父「向こうで待ってるよ」
美海「はーい。じゃあ気をつけてね」
(回想終了)
とまあそんな訳で、実家にはおいそれと戻れない。
何しろ両親が暮らす実家は見渡す限り農地と山しかないようなところなのである。
ここで必死に頑張るしかないのだった。
美海(次の職場は、海外の支店がどこにあるか慎重に探さなくちゃいけないわね、紛争地域も絶対にイヤだし)
ブツブツと文句を言いながら歩いていると、ふと求人の張り紙が目に留まった。
[時給千円から]
美海(それはそれとしてまずは気楽にバイトでもしようかしら)
それからひと月が経った。
○和風居酒屋(夜)
賑やかな店内。
Tシャツにエプロン姿の美海。
居酒屋の店長「サンキュー、美海ちゃん。ほんと助かったよ、今日は団体客が入ってるのにどうしようかと思ったよ」
美海「大丈夫ですよ、空いてましたから」
早速店内から聞こえてくる「すみませーん」という声に元気よく「はーい」と答える美海。
そして。
店内のあちこちから「ありがとうございました」と声が響く。
お辞儀で客を送り出す美海。
頭を上げてひと息ついたところで、目眩に襲われる。
レジ横で倒れる美海とキャーという悲鳴が響き渡った。
○病院の一室(午後)
病院のベッドで目覚めた美海を、従姉妹の璃鈴が頬杖をついて覗き込んでいる。
璃鈴「大丈夫?」
美海「私? あれ?」
璃鈴「過労ですって。睡眠不足でしょ、倒れてから丸二日。あなた爆睡していたのよ」
美海「えっ! あ! バイト」
慌てて起き上がろうとした美海を、璃鈴が静止した。
璃鈴「だめよ、急に起きたりしちゃ。大丈夫。あちこちから電話があったから、全部に出て事情を話しておいたわ。勝手に電話に出ちゃったけど」
美海「ごめんね、リン姉さんありがとう」
璃鈴は、年齢二十八歳。
一人っ子の美海がリン姉さんと呼んで慕っている彼女は、都内にいる唯一の身内である。
璃鈴の親は資産家で海外暮らし。
大学卒業と共に資産家と結婚した彼女はセレブな人妻だ。
璃鈴「そんなに無理するほどお金に困っているねら、言ってくれたら良かったのに」
美海「そういう訳じゃないの。定職につくまでの繋ぎと思ったんだけど、バイト先がどこも人手不足で、ついつい」
璃鈴「お人好しなんだからー。ダメよ無理しちゃ。大体どうして居酒屋とか宅配とか、そんなに沢山バイトしてるのよ」
美海、ガックリと肩を落とす。
正社員になるべく、時折事務職の面接には行っていたが、採用には結びついていない。
かと言って派遣会社で働くのはなんとなくイヤだった。そのままズルズルと派遣が続いてしまいそうで怖かったのである。
美海「今までとは全く違う業種も経験してみようと思ったの。なにが自分に向いているのか、勉強になるかと思って。それに……」
璃鈴「また頼まれて断れなかったんでしょ」
言われた通りだった。
でも、店員が倒れるなんてお店のイメージダウンに他ならない。
良かれと思ってしたことなのに、結局は迷惑をかけてしまった。
美海「ほんと、ダメだなぁ、私」
璃鈴「学生じゃあるまいし、まったく。いい?、お人好しはね、百害あって一利なしなのよ。わかった?」
美海「はーい……。あ、リン姉さん、もしかして、ずっといてくれたの? お家は? ご主人怒ってない?大丈夫?」
足を組み、手入れの行き届いた自分の手の爪を、璃鈴はしげしげと見つめながら言う。
璃鈴「ああ、言ってなかっかしら。実はね、離婚したのよ」
美海「ええ?! どうして? 優しいご主人だったんじゃないの?」
璃鈴「うーん。まぁ、そうなんだけど。私ね、他に好きな人ができたのよ」
美海「え?」
璃鈴「それが……」
突然ハンカチを噛みながら取り乱す璃鈴。
璃鈴「せっかく離婚したっていうのに! あいつ、いざ私が離婚したら『どうして離婚したの? 僕のせいじゃないよね?』なんて言うのよ!」
離婚にも驚いたが、その理由が自分の不倫だと言う璃鈴に驚いた美海は、口を開けたまま呆然と話を聞くだけだ。
そもそも美海には恋人もいない。
不倫どころか、結婚も遠い話だ。
それどころか恋すら知らないのだから、難しい顔になってしまうのも仕方がないのである。
突然璃鈴が美海の両肩を掴んだ。
璃鈴「美海、バイトしない?」
美海「へ?」
璃鈴「同じバイトなら私が雇うわ」
美海「えっと……。でも私、定職を探しているのよ?」
璃鈴「私のバイトをしながら探したらいいじゃないの。私があなたを雇うわ」
美海「え? どういうこと?」
璃鈴「探ってほしい男がいるの」
美海「もしかして……」
璃鈴「私を無残に捨てた男、星佑」
璃鈴はそう言って一枚の写真を取り出した。
その写真にはひとり男が写っている。
黒っぽいスーツを着た、立ち姿の美しい人だった。
悲しげにビルを見上げ、諦めたようにため息をつくと、美海はトボトボと歩き始めた。
美海(あーぁ)
彼女は二十四歳。
大学を卒業してから、いくつかの職場を転々としている。
一生懸命がんばっているのに、どういうわけだか仕事が長く続かない。
一度目の職場は倒産。社長が夜逃げ。
これは美海がどうこうできる問題ではないので仕方がない。
二度目の職場は人員削減。
これは避けることが出来なかったわけではないが、先輩に泣きつかれてつい美海は自分から身を引いた。
今回の離職は三度目になる。
原因はアフリカ転勤を言い渡されたこと。
どうしても、どうしても行きたくなかった。
美海(どうしてアフリカなのよー!)
通行人が怪訝そうに見つめる中、美海は頭を抱えて屈み込んだ。
美海(他にあるでしょ、せめて予防注射しなくてもいけるところがあるでしょうに! あーー)
溜め息をついて気を取り直し、また歩き始める。
美海の両親は都内の家を手放して、農業を営んでいる知人を頼り、大好きな北海道に移住してしまった。
下町の日の当たらない小さな家が、ついに建て替えの時期を迎えたことと、美海の大学卒業。そして、父のリストラなどが重なったことがきっかけになったのである。
○(回想)住宅街の道
ボロな車に荷物を山盛り載せて、助手席の窓から両親が手を振る。
美海の母「じゃあねー、都会の生活に飽きたら、いつでもいらっしゃい」
美海の父「向こうで待ってるよ」
美海「はーい。じゃあ気をつけてね」
(回想終了)
とまあそんな訳で、実家にはおいそれと戻れない。
何しろ両親が暮らす実家は見渡す限り農地と山しかないようなところなのである。
ここで必死に頑張るしかないのだった。
美海(次の職場は、海外の支店がどこにあるか慎重に探さなくちゃいけないわね、紛争地域も絶対にイヤだし)
ブツブツと文句を言いながら歩いていると、ふと求人の張り紙が目に留まった。
[時給千円から]
美海(それはそれとしてまずは気楽にバイトでもしようかしら)
それからひと月が経った。
○和風居酒屋(夜)
賑やかな店内。
Tシャツにエプロン姿の美海。
居酒屋の店長「サンキュー、美海ちゃん。ほんと助かったよ、今日は団体客が入ってるのにどうしようかと思ったよ」
美海「大丈夫ですよ、空いてましたから」
早速店内から聞こえてくる「すみませーん」という声に元気よく「はーい」と答える美海。
そして。
店内のあちこちから「ありがとうございました」と声が響く。
お辞儀で客を送り出す美海。
頭を上げてひと息ついたところで、目眩に襲われる。
レジ横で倒れる美海とキャーという悲鳴が響き渡った。
○病院の一室(午後)
病院のベッドで目覚めた美海を、従姉妹の璃鈴が頬杖をついて覗き込んでいる。
璃鈴「大丈夫?」
美海「私? あれ?」
璃鈴「過労ですって。睡眠不足でしょ、倒れてから丸二日。あなた爆睡していたのよ」
美海「えっ! あ! バイト」
慌てて起き上がろうとした美海を、璃鈴が静止した。
璃鈴「だめよ、急に起きたりしちゃ。大丈夫。あちこちから電話があったから、全部に出て事情を話しておいたわ。勝手に電話に出ちゃったけど」
美海「ごめんね、リン姉さんありがとう」
璃鈴は、年齢二十八歳。
一人っ子の美海がリン姉さんと呼んで慕っている彼女は、都内にいる唯一の身内である。
璃鈴の親は資産家で海外暮らし。
大学卒業と共に資産家と結婚した彼女はセレブな人妻だ。
璃鈴「そんなに無理するほどお金に困っているねら、言ってくれたら良かったのに」
美海「そういう訳じゃないの。定職につくまでの繋ぎと思ったんだけど、バイト先がどこも人手不足で、ついつい」
璃鈴「お人好しなんだからー。ダメよ無理しちゃ。大体どうして居酒屋とか宅配とか、そんなに沢山バイトしてるのよ」
美海、ガックリと肩を落とす。
正社員になるべく、時折事務職の面接には行っていたが、採用には結びついていない。
かと言って派遣会社で働くのはなんとなくイヤだった。そのままズルズルと派遣が続いてしまいそうで怖かったのである。
美海「今までとは全く違う業種も経験してみようと思ったの。なにが自分に向いているのか、勉強になるかと思って。それに……」
璃鈴「また頼まれて断れなかったんでしょ」
言われた通りだった。
でも、店員が倒れるなんてお店のイメージダウンに他ならない。
良かれと思ってしたことなのに、結局は迷惑をかけてしまった。
美海「ほんと、ダメだなぁ、私」
璃鈴「学生じゃあるまいし、まったく。いい?、お人好しはね、百害あって一利なしなのよ。わかった?」
美海「はーい……。あ、リン姉さん、もしかして、ずっといてくれたの? お家は? ご主人怒ってない?大丈夫?」
足を組み、手入れの行き届いた自分の手の爪を、璃鈴はしげしげと見つめながら言う。
璃鈴「ああ、言ってなかっかしら。実はね、離婚したのよ」
美海「ええ?! どうして? 優しいご主人だったんじゃないの?」
璃鈴「うーん。まぁ、そうなんだけど。私ね、他に好きな人ができたのよ」
美海「え?」
璃鈴「それが……」
突然ハンカチを噛みながら取り乱す璃鈴。
璃鈴「せっかく離婚したっていうのに! あいつ、いざ私が離婚したら『どうして離婚したの? 僕のせいじゃないよね?』なんて言うのよ!」
離婚にも驚いたが、その理由が自分の不倫だと言う璃鈴に驚いた美海は、口を開けたまま呆然と話を聞くだけだ。
そもそも美海には恋人もいない。
不倫どころか、結婚も遠い話だ。
それどころか恋すら知らないのだから、難しい顔になってしまうのも仕方がないのである。
突然璃鈴が美海の両肩を掴んだ。
璃鈴「美海、バイトしない?」
美海「へ?」
璃鈴「同じバイトなら私が雇うわ」
美海「えっと……。でも私、定職を探しているのよ?」
璃鈴「私のバイトをしながら探したらいいじゃないの。私があなたを雇うわ」
美海「え? どういうこと?」
璃鈴「探ってほしい男がいるの」
美海「もしかして……」
璃鈴「私を無残に捨てた男、星佑」
璃鈴はそう言って一枚の写真を取り出した。
その写真にはひとり男が写っている。
黒っぽいスーツを着た、立ち姿の美しい人だった。
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