愛しの彼はマダムキラー★11/3 全編公開しました★
第十二章
火曜。
その日も星佑は朝からずっと忙しく、社長室にはほとんどいなかった。
――晃良さんとお食事かぁ……。
その時はやっぱり指輪をしたままがいいの? それも変よねぇ。
さて、どうしたものかと考えながら黙々と仕事をしていると、
「今日は仕事が早く終わるんだ」
星佑が、ふいにそう言った。
「そうですか」
「君を誘っているんだけど」
「えっ! え、ああ、あの…… すみません、今夜は予定があって」
「そう。それは残念」
星佑は強引に誘うわけでもなく、あっけないほど簡単に引き下がった。
押してみたり引いてみたりと、本当に悪魔だと思いながら心の中で舌を打つ。
といっても今回ばかりは、『ご主人に浮気をバラしちゃうよ』と脅されたらシャレにならない。
偽者ではあるが、夫と約束しているのだから。
――まぁ、別にいいけど。
と軽く頬を膨らませた。
仕事帰りに向かったのは晃良と約束したホテル。
夜景が素敵なレストランで食事をしようということになっている。
オデッセイではなく別のホテルだ。もしオデッセイだったら、星佑の影がチラついただろう。
ホテルのロビーに入ると、晃良はすぐに見つけることができた。
彼は軽く俯いてスマートホンを見ていた。
片手はポケットにいれて立っている。
スーツ姿ではなく薄い青のジャケットを羽織っている。長い脚にスリムな紺のチノパンがとてもよく似合っている。
立っているだけなのにシルエットが決まり過ぎていて、つい笑ってしまう。
「晃良さん、お待たせ」
「おーーー、美海ちゃん。なんだかすごい綺麗になったなぁ。直接見るのとテレビ電話とじゃ全然違うー」
「あはは、ありがとうございまーす。晃良さんは、相変わらず素敵ですよ」
晃良さんは、子供の頃からずっと憧れていた従兄。
かっこよくて明るくて、勉強もできて、お金持ちで。憧れの王子さまだった。
街角で晃良さんに『美海ちゃん』て声を掛けられたりすると、それだけで誇らしい気持ちになれた。大好きだった彼。
――なのに。
その晃良を前にしながら、美海が考えてしまうのは星佑のことだった。
――今頃どうしているのかな?
断っちゃったから、代わりに誰かを誘っているんだろうな。何しろ女ったらしだから。
「どう? 姉さんに頼まれた潜入捜査は。上手くいってる?」
「え? あ、ああ……。なかなか難しいです。大した成果もなくあと少しで一ヶ月のバイト期間も終わってしまうんです。リン姉さんに謝らなきゃ」
「いいんだよ、璃鈴のことは。それから先のことは決まっているの?」
「いいえ、なにも。仕事を探さなくちゃ」
「そっか。璃鈴の気紛れに付き合ってくれたお礼に、俺も心当たり探してみるよ、美海ちゃんの就職先。それから、マンションだけどそのまま使ってね」
「え、でも」
「大丈夫大丈夫。で、どんな仕事がしたいの?」
食事を終えてロビーへ降りた。
エレベーターから出て、
「晃良さん、マンション使ってください。私、その間友達のところに行くから大丈夫ですよ?」
「いいよ、ホテルのほうがなにかと便利だし」
そんな話をしながら進んでいくと――。
――あっ!
星佑がエレベーターに向かって歩いてくる。
彼の隣には、美海が知らない美人。色っぽさが、いかにも人妻風だ。
1メートルの間隔をあけて、すれ違った。
星佑はチラリと美海を見た。
でもそれだけだった……。