愛しの彼はマダムキラー★11/3 全編公開しました★
第十四章
―――ええええ???
晃良からなんとか逃れ、カプセルホテルへ入った美海は頭を抱えた。

『向こうの生活には慣れたんだけどね。金髪の女の子とも付き合ったりしたけど、俺も結局、醤油臭さが抜けられないっていうのかなぁ、やっぱりパートナーは日本人がいいなぁってしみじみ思うんだよね』

――なにか、嫌なことでもあったのかなぁ。それで気弱になっているとか?

『美海ちゃんの顔をみたら、ホッとしたんだ。あー、いいなぁってね。どう?だめ?俺じゃ』
『またまた冗談を』
『冗談でこんなこと言ったら璃鈴に殺されるって』

とりあえずうやむやにして逃げるように帰ってきたけれど。
――どういうこと?
一体なんなの? モテ期到来?
ずっとモテた記憶はないのに、どうして今?
どうせなら、五年くらいの時間差で来てよぉぉ。

枕の中でそう叫びながら、バタバタと足をバタつかせる美海だった。


その頃。
晃良のマンション前で、タクシーをおりた晃良を、ある男が待っていた。

「桜井晃良さん。どういうことなのか説明してもらっていいですか」
不敵な笑みを浮かべる男が、一歩一歩と詰め寄ってくる。

「なんの事でしょう?」
おどけるように、晃良は肩をすくめた。

正直、身に覚えがないわけじゃない。俺の女を取ったのなんだのと因縁をつけられる経験がいくつかあったりするが、久しぶりに帰ってきた日本で、その手の揉め事はおこしていない。

――はて? 誰だ?この男。

更に一歩近づいた男は、
「偽装結婚について。目的はなんなのか教えてもらおうかと思いましてね。そうでないと……」
そう言って、男は美海の履歴書を差し出した。
「身元を偽って入ってきた彼女を訴えてもいいと?」

――オーマイガ
晃良は目をつぶって左右に首をふると、大きくため息をついく。

ようやくこの男が誰なのか、わかった。

――和泉星佑ね。

長く日本を離れていることもあり、実は晃良は星佑については写真でしか知らず、うろ覚えたったのである。

晃良は「わかったよ。和泉さん」と降参したように両手を広げた。

そして、まず最初に、
「あの子に罪はない」
そう言った。



次の日、木曜日。
エレベーターで一緒になった女性秘書が、

「おはよう桜井さん。残すところあと一日ねぇ」と、うれしそうに目の端で笑う。
「はい。おかげさまで」
――私もうれしいですよーだ。
心の中で、ベーっと舌をだしながら、美海はクルリと踵を返す。

結局、シキコと星佑との不倫現場は押さえられなかった。今日明日で使命を果たすことはたぶん無理。
昨日、そのことを璃鈴に謝ったが、璃鈴は攻めるどころか労ってくれた。
『まぁいいわよ、気にしないで。私も気が済んだわ。ありがとうね美海』
本当にそうだったらいいと思う。

星佑に振り回されて捨てられたという璃鈴の無念な気持ちが、痛いほどわかると美海は思う。
あの男は優しい顔をした悪魔だ。
結局、ミイラ取りがミイラになってしまったけれど、いつかいい思い出として笑える日も来るだろう。

――あとは残りの二日間で、心残りを無くすだけ。
ちゃんと、彼にさよならを言うだけよ。

決意にも似たそんな気持ちを抱えて社長室の前に立った時間は、始業時間の十五分前。
普段通りの出勤だ。
緊張して扉を開ける。星佑はすでに席についていた。

「おはようございます」
「おはよう」
今朝の挨拶も、ふたりともいつもと同じである。

美海は、星佑と晃良が昨夜会って話をしたことを知らない。
既にバレているとは夢にも思っていない。

ちらりと星佑を見る。
彼は真剣な顔をして、書類に目を落としている。
その姿に触発されるように、ここには仕事をするために来たのだと、美海は気持ちを入れ換えた。
カチャカチャとキーボードを叩く音、ウィーンと音をたてるスキャナー。時折ベルを鳴らす星佑の電話。
そんな事務的な音を背景にただ黙々と仕事をするうちに、時計の針は確実に進む。

そして、その針が11時を指した頃、星佑に来客があった。
「社長、谷さまがお見えですが?」
「ああ、ここへ通して」
秘書に案内されて入ってきたのは。

――ん?
女性には見覚えかある。
おとといの夜ホテルのロビーですれ違った、星佑と一緒にいた女性だ。

女性秘書がコーヒーを置いたとき、彼女は女性秘書に向かって軽く微笑み、「ありがとう」と礼を言った。
星佑以外は無視と言わんばかりのシキコと違って、好感が持てる人だ。
星佑と女性はコーヒーを飲みながら少し仕事の話をして、出掛けていった。

「三時頃に帰る」
「はい。わかりました」

女子トイレで会った女性秘書が、聞いてないのに説明する。
女性は谷阿弓(たに あゆみ)という取引先の女社長らしい。

それにしてもと、美海は頬を膨らませる。
――どうして星佑のまわりには女性経営者が多いの? おかしいでしょ?
とは思うが婦人服を扱っているのだ。女性経営者が多くても当然なのかもしれない。
ということは、ふたりで会っていたのは本当に仕事?
うーん、と一瞬考えたが、もう自分には関係ないじゃないと、ブルブルと首を振り、思い直した。

――だめだめ考えちゃ。サヨナラするんでしょ?


夕方になって、ようやく星佑が会社に帰ってきた。
「お先に失礼します」と帰ろうとする美海に星佑が「ちょっと待って」と声をかける。
「はい?」

星佑が美海の元にゆっくりと歩いてくる。
そして、美海の左手を手に取った。

――あっ!

手を離そうと思うが彼は離してくれない。
しっかりと掴んだまま、星佑は美海の薬指から指輪を抜く。

「美海、結婚指輪は普通、ここに日付と名前の刻印があるんだよ」
「えっ……」

「それに、俺が“初めて”だったのは何故かな?」
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