愛しの彼はマダムキラー★11/3 全編公開しました★
第十六章
最終日。
一旦荷物を置いてあるカプセルホテルに向かって、着替えてから出勤した。
今日会社を出るまでは桜井美鈴のままなので、左手の薬指の指輪はまだ外せないが。
『今度、新しい指輪をプレゼントするよ』
星佑がそう言ってくれたことを思い出し、デレデレしてしまう。
会社へ向かう途中、うふふ、と時折スキップなんかをする美鈴を、通行人が怪しい人を見るように振り返る。
今朝はちょっと忙しかったので結構ギリギリの出勤時間になってしまった。
廊下ですれ違った女性秘書が、
「いよいよ最終日ね~」とバカにしたように言うが、
「ええ~ようやく最終日です~」とツンと澄ました。
星佑と一緒に仕事ができるのは今日で最後だ。
そう思うと胸が熱くなる。
一度くらい彼にコーヒーを入れてあげたかった。
――そうだわ。
ふと思いつき、女性秘書を追いかけた。
「お願いがあるんですけど」
「なによ」
場面変わって給湯室。
「はい。どうぞ。ま、最後だしね」
「はい。ありがとうございまーす」
トレイにコーヒーを乗せ、コンコンとドアを叩き
「失礼します」
と入ると、書類に目を落としていた星佑が顔を上げてクスっと笑う。
「コーヒーをお持ちしました」
うやうやしくデスクにコーヒーを置くと、「ありがとう」と星佑が微笑む。
「なんだか新鮮だな」
「はい。今日だけ代わってもらいました」
クイクイッと人差し指で呼ぶ星佑に、少し屈んで顔を突き出すと、チュッとキスをする。
「お礼だ」
ポッと赤くなる美海。
同じキスでも、不安や背徳感を抱えたキスとは違う。心から愛されているという喜びを感じるキスに、じんじんと胸が熱くなる。
――ああ、私たち本当の恋人同士になったのねぇ。
ランチは堂々と星佑についていった。
「今日は最終日なので、社長がご馳走してくださるんですぅ」
「あらそう」
ムッとする秘書たちも、さすがに最終日となれば、文句は言わない。
ランチは会社の近くのイタリアンレストラン。
「マダムキラー?」
「うん。だって、従妹のリン姉さんもそう聞いてたっていうし、実際星佑さんの周りってやたら美魔女の人妻が多いんだもん」
「それは仕事柄ってやつだよ。人聞きの悪い」
「美海こそ、あの大学生とはどうなんだ?」
「あ、ヒサシくんね。あの子は別にただの気が合う友達」
「どうだかなぁ」
「あっ、疑ってる。ひどーい」
「今度男とふたりで会ったりしたら、お仕置きな」
そう言ってニヤリと星佑が口元を歪める。
「えっ?」
――お仕置き?
あんなことやこんなこと?
縛られちゃう自分や目隠しされちゃう自分を想像し、妄想の中でドキドキしてしまう。
「う、浮気なんてしないもん」
ニヤニヤと口元を歪める星佑に、まるでこの場で服を脱がれているような錯覚を覚え美海は慌てて水を飲んだ。
――やだもう。
スキャナーで読み込む仕事も順調に片付いた。
退社時間になると、社長室に女性秘書たちが現れた。
「お疲れさまでした」
差し出された花束。
小さいけれども、とてもかわいい花束だ。
「えっ? ありがとうございます」
なんだかんだといがみ合ったりした女性秘書たちだが、彼女たちは本当の意味での意地悪はしなかった。
仕事に必要なことは、聞けばなんでも教えてくれたし、備品も貸してくれた。
――ふと、思った。このままではよくない。
「あの、すみません。実は皆さんに嘘をついていました」
そう言って薬指の指輪を外す。
「私、独身でした。アハハ。すみません、人妻だって見栄をはりました」
「まぁ」
「飽きれた。社長はご存知だったんですか?」
秘書たちが振り返ると、星佑は「ああ、知っていたよ」と頷く。
「身元はちゃんとしていたし、彼女がそうしたいって言うんでね」
咄嗟に星佑は話を合わせてくれた。
星佑を残し、美海は秘書たちと共に社長室を出る。
廊下に出ると、女性秘書が言った。
「まぁわからなくもないわね。セレブな人妻になりきるのって楽しそう」
「楽しかったけど、虚しいですよ」
美海がそう言うと秘書は「あはは、そりゃそうよね」と笑った。
ディナーも星佑と待ち合わせだ。
場所はホテルオデッセイのフレンチレストランだ。
窓際の席を、星佑が予約をしてくれていた。
星佑はまだ来ていない。先に席に着いた美海は昨夜の会話を思い浮かべた。
『シンポジウムがあったあの日、付けて来ただろう? 帽子被って』
『えっ! ばれてたの?』
『ああ、あんな帽子被ってたら余計目立つじゃないか』
夕べの会話を思い出しクスっと笑う。
ほどなくして、星佑が現れた。
「お待たせ」
「お疲れさま」
夜景を見ながら、ふたりは食事を楽しんだ。
冷たい視線が向けられていることも気づかずに――。
見つめていたのは朝比奈シキコ。
明らかに恋人同士にみえる二人を見て、唇を噛んでいた。
レストランを出ると、シキコは星佑に電話をした。
「明日、時間を取って。会いたいの」
一旦荷物を置いてあるカプセルホテルに向かって、着替えてから出勤した。
今日会社を出るまでは桜井美鈴のままなので、左手の薬指の指輪はまだ外せないが。
『今度、新しい指輪をプレゼントするよ』
星佑がそう言ってくれたことを思い出し、デレデレしてしまう。
会社へ向かう途中、うふふ、と時折スキップなんかをする美鈴を、通行人が怪しい人を見るように振り返る。
今朝はちょっと忙しかったので結構ギリギリの出勤時間になってしまった。
廊下ですれ違った女性秘書が、
「いよいよ最終日ね~」とバカにしたように言うが、
「ええ~ようやく最終日です~」とツンと澄ました。
星佑と一緒に仕事ができるのは今日で最後だ。
そう思うと胸が熱くなる。
一度くらい彼にコーヒーを入れてあげたかった。
――そうだわ。
ふと思いつき、女性秘書を追いかけた。
「お願いがあるんですけど」
「なによ」
場面変わって給湯室。
「はい。どうぞ。ま、最後だしね」
「はい。ありがとうございまーす」
トレイにコーヒーを乗せ、コンコンとドアを叩き
「失礼します」
と入ると、書類に目を落としていた星佑が顔を上げてクスっと笑う。
「コーヒーをお持ちしました」
うやうやしくデスクにコーヒーを置くと、「ありがとう」と星佑が微笑む。
「なんだか新鮮だな」
「はい。今日だけ代わってもらいました」
クイクイッと人差し指で呼ぶ星佑に、少し屈んで顔を突き出すと、チュッとキスをする。
「お礼だ」
ポッと赤くなる美海。
同じキスでも、不安や背徳感を抱えたキスとは違う。心から愛されているという喜びを感じるキスに、じんじんと胸が熱くなる。
――ああ、私たち本当の恋人同士になったのねぇ。
ランチは堂々と星佑についていった。
「今日は最終日なので、社長がご馳走してくださるんですぅ」
「あらそう」
ムッとする秘書たちも、さすがに最終日となれば、文句は言わない。
ランチは会社の近くのイタリアンレストラン。
「マダムキラー?」
「うん。だって、従妹のリン姉さんもそう聞いてたっていうし、実際星佑さんの周りってやたら美魔女の人妻が多いんだもん」
「それは仕事柄ってやつだよ。人聞きの悪い」
「美海こそ、あの大学生とはどうなんだ?」
「あ、ヒサシくんね。あの子は別にただの気が合う友達」
「どうだかなぁ」
「あっ、疑ってる。ひどーい」
「今度男とふたりで会ったりしたら、お仕置きな」
そう言ってニヤリと星佑が口元を歪める。
「えっ?」
――お仕置き?
あんなことやこんなこと?
縛られちゃう自分や目隠しされちゃう自分を想像し、妄想の中でドキドキしてしまう。
「う、浮気なんてしないもん」
ニヤニヤと口元を歪める星佑に、まるでこの場で服を脱がれているような錯覚を覚え美海は慌てて水を飲んだ。
――やだもう。
スキャナーで読み込む仕事も順調に片付いた。
退社時間になると、社長室に女性秘書たちが現れた。
「お疲れさまでした」
差し出された花束。
小さいけれども、とてもかわいい花束だ。
「えっ? ありがとうございます」
なんだかんだといがみ合ったりした女性秘書たちだが、彼女たちは本当の意味での意地悪はしなかった。
仕事に必要なことは、聞けばなんでも教えてくれたし、備品も貸してくれた。
――ふと、思った。このままではよくない。
「あの、すみません。実は皆さんに嘘をついていました」
そう言って薬指の指輪を外す。
「私、独身でした。アハハ。すみません、人妻だって見栄をはりました」
「まぁ」
「飽きれた。社長はご存知だったんですか?」
秘書たちが振り返ると、星佑は「ああ、知っていたよ」と頷く。
「身元はちゃんとしていたし、彼女がそうしたいって言うんでね」
咄嗟に星佑は話を合わせてくれた。
星佑を残し、美海は秘書たちと共に社長室を出る。
廊下に出ると、女性秘書が言った。
「まぁわからなくもないわね。セレブな人妻になりきるのって楽しそう」
「楽しかったけど、虚しいですよ」
美海がそう言うと秘書は「あはは、そりゃそうよね」と笑った。
ディナーも星佑と待ち合わせだ。
場所はホテルオデッセイのフレンチレストランだ。
窓際の席を、星佑が予約をしてくれていた。
星佑はまだ来ていない。先に席に着いた美海は昨夜の会話を思い浮かべた。
『シンポジウムがあったあの日、付けて来ただろう? 帽子被って』
『えっ! ばれてたの?』
『ああ、あんな帽子被ってたら余計目立つじゃないか』
夕べの会話を思い出しクスっと笑う。
ほどなくして、星佑が現れた。
「お待たせ」
「お疲れさま」
夜景を見ながら、ふたりは食事を楽しんだ。
冷たい視線が向けられていることも気づかずに――。
見つめていたのは朝比奈シキコ。
明らかに恋人同士にみえる二人を見て、唇を噛んでいた。
レストランを出ると、シキコは星佑に電話をした。
「明日、時間を取って。会いたいの」