愛しの彼はマダムキラー★11/3 全編公開しました★
第二十章
「美海っ!」
ハガキを手に取った璃鈴は、急いで星佑に連絡する。
「ハガキが来たわよ。住所は書いていないけど、写メで送るわね」
電話を切って、やれやれと思いながらハガキを見る。
「秋田県まで行っちゃってるのね。もしかしたらあの子、このまま北海道の両親のもとに行くつもりなのかしら……」
璃鈴はひとりごちて、ため息をついた。
ハガキを送ってから三日が経った。
仲居の着物姿もすっかり様になってきた美海は相変わらず忙しく走り回っている。
「美海ちゃん、予約のないお客様がいらしたんだ。案内してあげて」
「はい」
急いでフロントに行くと。
「いらっしゃいませー、あっ……」
「まったく。ようやく見つけた」
そこにいたのは星佑だった。
星佑を部屋に案内した美海は、女将さんに事情を話し、一時間の休憩時間をもらった。
ハァっとため息をついて、星佑がいる部屋に入る。
星佑は窓辺に立っていた。
「静かでいいところだな」
「うん……」
まさか星佑が現れるとは、夢にも思っていなかった。
どうしたらいいのかわからず、とりあえず仲居らしくお茶をいれはじめる。
お茶が入れ終わるころ、星佑は窓辺を離れ、美海が座るはす向かいに腰をおろした。
「探したんだぞ」
「ごめんなさい……」
「谷さんに聞いた。社長じゃない俺には興味がないって言ったんだってな」
星佑は目を細めて美海を睨む。
それについては返事のしようがなかった。
違うとも言えないし、本人を目の前にしてはそうだとも言えない。
美海は視線を泳がせながらモジモジと俯いた。
「だったらなんで姿を隠して山奥まで来たんだ?」
――そんなこと言ったって。
と心の中で答えながら頬を膨らませた。
どんな気持ちでここまで来たか、毎晩泣いていたんだからね。と、心で反論する。
そりゃ本人に向かって『社長じゃないあなたなんか必要ないわ!』と言ってあのまま晃良のマンションで暮らし就職して普通のくらしを送ればよかったのだろうとわかっている。
それができないから逃げたのだ。
星佑に、本心を見抜かれないように……。
俯いたままの美海の顔を、星佑が覗き込む。
「俺は無一文になった。当分、ここで働いて俺を養ってくれないか?」
ニッと星佑は笑う。
「えっ!? 辞めちゃったの? シキコさん、許してくれなかったの?」
「こっちから辞めてやったんだよ、くだらねぇ。まあ社長が変わればファウンテンSもいい転機になるかもしれないしな」
茫然と美海は星佑を見つめた。
スマートな人なのに、随分とやさぐれてしまったその様子が、妙に新鮮でしげしげと見つめてしまう。
「で? どうするんだよ。養ってくれるのか?くれないのか?」
「へ?」
と思わず素っ頓狂な声が出た。
頭に浮かぶのは、部屋で飲んだくれてもっとやさぐれていく星佑だが、なんだかそれも悪くないような気がする。
「もちろん!養ってあげる! 私ね、仲居って性に合ってるみたいで、ちゃんとここで就職すれば星佑さんひとりくらい全然養ってあげられると思う。だけど、でも、それでいいの? 贅沢はできないよ? 家庭菜園くらい手伝ってくれる?」
あと、やさぐれ過ぎて暴力をふるようになったら、それは困るけど、それはその時に考えて……と、あれこれ頭を悩ませていると、ふいに星佑が笑った。
「あはは。うそだよ」
「えっ!」
「ったく。嘘つかれた仕返し。これでチャラな」
「えええ、騙したのひどーい」
「うるさい。散々お前を探した俺の身にもなってみろ」
ギロリと睨まれて、美海はまたシュンと俯いた。
「――はい。すみません」
でも、うれしさが込み上げる。
「どういうこと? ファウンテンSの社長を続けらえるの? やっぱり私が姿を消したから?」
「冗談だったって言われたよ。本気ならいいんだってね」
「ええ?」
「俺が美海を本気で愛しているって言ったら、朝比奈シキコは『本気ならいいわ』ってね」
美海は「うわぁぁぁん」と泣きながら星佑に抱き着いた。
「よかったーー」
「ああ、心配かけて悪かったな。ごめんごめん」
その頃、朝比奈シキコは谷阿弓とレストランにいた。
「わかっているわ。権力やお金で人の心は掴めないってね」
そう言ってロイヤルミルクティを口にするシキコに、阿弓は微笑んだ。
星佑に結論を出すよう迫った次の日。
星佑から『ファウンテンSを頼みます』と言われ、シキコは『そう、わかったわ。次期社長の人選は任せてもらうわね』と言って席をたったのである。
そのまま谷阿弓に会いに行った。
そして彼女に、星佑を引き留めてくれと頼んだのである。
『あのかわいい恋人は行方をくらましたそうよ。私には社長じゃない彼には興味ないって言ったのにね』
阿弓にそう言われてシキコはため息をついた。
それから三日後、阿弓に星佑を呼んでもらい、その場であらためて聞いたのである。
『本気なの?』と。
本気で辞めるというの? という意味で聞いたつもりだった。なのに星佑は、
『彼女を本気で愛しています』と答えた。
そんなことを思い出しながら、つぶやくようにシキコが言う。
「ちょっと脅しただけよ。もしあの小娘を捨てるならそれだけの愛情だってことだと思ったけど、どうやら本気なのね」
谷阿弓はシキコに言う。
「いいじゃない。友情は永遠よ。星佑のよき理解者という立場は、それだけでとても素敵だと思うわ」
それから一年後。
美海と星佑は結婚式をあげた。
ウエディングドレスはシキコのデザイン。
式に参加した女性秘書たちに向かって、美海はブーケを投げる。
――全ての女性たちよ、永遠に幸せあれ。
そう思いながら。
愛しの彼はマダムキラー☆おしまい☆
ハガキを手に取った璃鈴は、急いで星佑に連絡する。
「ハガキが来たわよ。住所は書いていないけど、写メで送るわね」
電話を切って、やれやれと思いながらハガキを見る。
「秋田県まで行っちゃってるのね。もしかしたらあの子、このまま北海道の両親のもとに行くつもりなのかしら……」
璃鈴はひとりごちて、ため息をついた。
ハガキを送ってから三日が経った。
仲居の着物姿もすっかり様になってきた美海は相変わらず忙しく走り回っている。
「美海ちゃん、予約のないお客様がいらしたんだ。案内してあげて」
「はい」
急いでフロントに行くと。
「いらっしゃいませー、あっ……」
「まったく。ようやく見つけた」
そこにいたのは星佑だった。
星佑を部屋に案内した美海は、女将さんに事情を話し、一時間の休憩時間をもらった。
ハァっとため息をついて、星佑がいる部屋に入る。
星佑は窓辺に立っていた。
「静かでいいところだな」
「うん……」
まさか星佑が現れるとは、夢にも思っていなかった。
どうしたらいいのかわからず、とりあえず仲居らしくお茶をいれはじめる。
お茶が入れ終わるころ、星佑は窓辺を離れ、美海が座るはす向かいに腰をおろした。
「探したんだぞ」
「ごめんなさい……」
「谷さんに聞いた。社長じゃない俺には興味がないって言ったんだってな」
星佑は目を細めて美海を睨む。
それについては返事のしようがなかった。
違うとも言えないし、本人を目の前にしてはそうだとも言えない。
美海は視線を泳がせながらモジモジと俯いた。
「だったらなんで姿を隠して山奥まで来たんだ?」
――そんなこと言ったって。
と心の中で答えながら頬を膨らませた。
どんな気持ちでここまで来たか、毎晩泣いていたんだからね。と、心で反論する。
そりゃ本人に向かって『社長じゃないあなたなんか必要ないわ!』と言ってあのまま晃良のマンションで暮らし就職して普通のくらしを送ればよかったのだろうとわかっている。
それができないから逃げたのだ。
星佑に、本心を見抜かれないように……。
俯いたままの美海の顔を、星佑が覗き込む。
「俺は無一文になった。当分、ここで働いて俺を養ってくれないか?」
ニッと星佑は笑う。
「えっ!? 辞めちゃったの? シキコさん、許してくれなかったの?」
「こっちから辞めてやったんだよ、くだらねぇ。まあ社長が変わればファウンテンSもいい転機になるかもしれないしな」
茫然と美海は星佑を見つめた。
スマートな人なのに、随分とやさぐれてしまったその様子が、妙に新鮮でしげしげと見つめてしまう。
「で? どうするんだよ。養ってくれるのか?くれないのか?」
「へ?」
と思わず素っ頓狂な声が出た。
頭に浮かぶのは、部屋で飲んだくれてもっとやさぐれていく星佑だが、なんだかそれも悪くないような気がする。
「もちろん!養ってあげる! 私ね、仲居って性に合ってるみたいで、ちゃんとここで就職すれば星佑さんひとりくらい全然養ってあげられると思う。だけど、でも、それでいいの? 贅沢はできないよ? 家庭菜園くらい手伝ってくれる?」
あと、やさぐれ過ぎて暴力をふるようになったら、それは困るけど、それはその時に考えて……と、あれこれ頭を悩ませていると、ふいに星佑が笑った。
「あはは。うそだよ」
「えっ!」
「ったく。嘘つかれた仕返し。これでチャラな」
「えええ、騙したのひどーい」
「うるさい。散々お前を探した俺の身にもなってみろ」
ギロリと睨まれて、美海はまたシュンと俯いた。
「――はい。すみません」
でも、うれしさが込み上げる。
「どういうこと? ファウンテンSの社長を続けらえるの? やっぱり私が姿を消したから?」
「冗談だったって言われたよ。本気ならいいんだってね」
「ええ?」
「俺が美海を本気で愛しているって言ったら、朝比奈シキコは『本気ならいいわ』ってね」
美海は「うわぁぁぁん」と泣きながら星佑に抱き着いた。
「よかったーー」
「ああ、心配かけて悪かったな。ごめんごめん」
その頃、朝比奈シキコは谷阿弓とレストランにいた。
「わかっているわ。権力やお金で人の心は掴めないってね」
そう言ってロイヤルミルクティを口にするシキコに、阿弓は微笑んだ。
星佑に結論を出すよう迫った次の日。
星佑から『ファウンテンSを頼みます』と言われ、シキコは『そう、わかったわ。次期社長の人選は任せてもらうわね』と言って席をたったのである。
そのまま谷阿弓に会いに行った。
そして彼女に、星佑を引き留めてくれと頼んだのである。
『あのかわいい恋人は行方をくらましたそうよ。私には社長じゃない彼には興味ないって言ったのにね』
阿弓にそう言われてシキコはため息をついた。
それから三日後、阿弓に星佑を呼んでもらい、その場であらためて聞いたのである。
『本気なの?』と。
本気で辞めるというの? という意味で聞いたつもりだった。なのに星佑は、
『彼女を本気で愛しています』と答えた。
そんなことを思い出しながら、つぶやくようにシキコが言う。
「ちょっと脅しただけよ。もしあの小娘を捨てるならそれだけの愛情だってことだと思ったけど、どうやら本気なのね」
谷阿弓はシキコに言う。
「いいじゃない。友情は永遠よ。星佑のよき理解者という立場は、それだけでとても素敵だと思うわ」
それから一年後。
美海と星佑は結婚式をあげた。
ウエディングドレスはシキコのデザイン。
式に参加した女性秘書たちに向かって、美海はブーケを投げる。
――全ての女性たちよ、永遠に幸せあれ。
そう思いながら。
愛しの彼はマダムキラー☆おしまい☆