愛しの彼はマダムキラー★11/3 全編公開しました★
第八章
――朝比奈シキコ。
あのふたりは一体……。

マンションに帰ると、美海は早速璃鈴に電話をかけた。

「リン姉さん?」
『美海、どうしたの?電話にでないから心配してたのよ』

音声を送って以来、後ろめたさもあって、なんだかんだと理由をつけ電話ではなくメッセージのやり取りだけにしていた。
でも今はそんなことは言っていられない。

「ごめんごめん。それよりリン姉さん、来たわよ、シキコ。もしかして朝比奈シキコのこと?」
『えっ!そうよ、朝比奈シキコ! やっぱり会いに来たのね! それでどんな様子だった?』

「お昼前に来て、それから私が退社する時間まで社長帰ってこなかった。秘書が言ってたわ、『朝比奈さまと社長は、『そういう』ご関係なの』って」

電話口から璃鈴がかつてないほどいきり立っているのが伝わってくる。

『朝比奈シキコ。あの女やっぱり……許せない! あと二週間しかないわ。美海、シキコと星佑の浮気の証拠を掴んで!』
「う、うん。がんばってみる」

電話を切ると、美海はハァとため息をつく。

――そっか……。
気がつけば、今のアルバイトも残すところあと二週間。
二週間経ってしまえば、彼との関係も終わりなんだ。
そう思うと、ホッとする反面、お腹の奥のほうからなんともいえない虚しさが込み上げてきた。

今頃星佑はどうしているのだろう。
やけに色っぽいシキコとベッドで絡み合う星佑を想像し、慌ててブルブルと左右に頭を振る。

――ダメダメ。そういう人なのよ。気にしちゃだめ。



次の日。
「おはようございます」
「おはよう」
朝の恒例行事。

女性秘書がしなを作りながらコーヒーを持ってくる。
「ありがとう」

星佑はいつもと変わらない。
「これも頼むね」
追加の資料を持ってきた時も。
「はい。わかりました」
――普通だ。

今日は木曜日なので、明日泊まりにおいでなどと誘われるかもしれない? そんなことを思ってドキドキしていたことがバカバカしいくらい何もない。

浮気はしてない? とか。
昨日は俺がいなくて寂しかった? とか。
何か言ってくれば、昨夜はシキコさんと?とでも厭味ったらしく聞くことができるのにと思うのに。

――でもだからって、自分から聞いたら、負けよ。
そう思いながら、美海はキュッと唇を噛む。


ルルルと電話が鳴り、星佑が受話器をとった。

「昨日はありがとうございました」
彼の会話から察するに相手は間違いない。――シキコだ。

「では明日、はい。ええ、そうですね、七時には行けると思います」
彼はシキコとディナーの約束をしたということだろう。

耳から入ってくる言葉に、胸が締め付けられた。
明日は金曜日なのに。ガッカリするやら頭にくるやら、しまいには動揺しまくる自分に対して落ち込んだ。

――なによ。落ち込んでいる場合じゃないでしょう? 私。
そうよ、二週間後にはきれいさっぱり赤の他人になるんだから。
変態悪魔め!街角ですれ違ってもツンとして知らん顔してやるわっ!

星佑がなるべく視界に入らないように椅子の角度を変えて、シャキッと背筋を正し、仕事に集中すること一時間。

フゥとひと息ついた時。
「すごい集中力だね」
ハッとして振り返るとそこには星佑がいた。

「な、なんですか」
「ランチ一緒にどう?」

「えっ?」
「真面目に仕事をしているから、ご褒美。ごちそうするよ」

美海が怪訝そうにピクリと眉をひそめると、彼はニッコリと邪気のない笑みを浮かべて肩をするめる。

――天使ぶっちゃって、悪魔のくせに。
どうする? と自分に問いかける。
まさか行かないわよね? だめよまた誘惑されるわよ? と呆れている自分と、
ランチならいいじゃない。ベッドに誘われてるわけじゃなし、きっとご馳走よ!とノリノリの自分がせめぎ合う。

「――ありがとうございます……」
結局勝ったのは、ノリノリの自分だった。

「桜井さんと食事に行ってくる」
「はい」
キリキリと睨む秘書を尻目に、ツンと澄まして星佑のあとをついていく。

行ってみると料亭のような高級和食の個室でのランチだった。
「朝比奈さんと来る予定だったんだけど、キャンセルするのもなんだしね」

そう聞いて、ムッとする美海。
「いやらしい」
「おや? やきもちかな?」

「違いますっ!」
プイッと横を向いているうちに、気づけば横に彼がいた。

「な、なんですか」
「可愛いな。怒っちゃって」

背中に手をまわした星佑がじりじりと迫ってくる。
「や、やめてください。人が来ますよ」
「へぇ。じゃあ、人が来なければ、いいんだ」

太ももを滑る手と耳元に触れる唇。
もがく手に力が抜けそうになった時、
星佑が耳元で「今晩泊まりにおいで」と、囁いた。

甘いキスを繰り返しながら思う。

――ああ、もうダメだ。どうしようもない。


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