私の中におっさん(魔王)がいる。
「それだけでは、帰せないと思います。彼女が来たのは事故ですから。この世界とは別の世界がいくつあるのかも分からないですし、もしもいくつか存在しているとしたら、一体どこの世界に帰せば良いのでしょう? 失敗すれば次元の狭間に彼女は取り残されてしまうかも知れません。確実な方法はないのです」
「本当にそうか?」

 毛利の声音は、いつものように抑揚のないものではなかった。疑念に満ちた口調で、風間を見据える。
 しかし、風間もまた毅然とした態度を崩さなかった。

「ええ。残念ながら」
「そうか……」

 毛利は呟いたが、疑いの色は消さなかった。風間はにこりと愛想良く笑う。二人の間に漂った微妙な空気を消すように、黒田が声を上げた。

「ってゆうかさぁ、毛利さんはあの子帰しちゃって良いわけ?」

 軽い口調だったが、どこか責めるように聞こえるのは、黒田が侮蔑しているからだろう。

「せっかくの魔王を手に入れなくていいの? 能面みたいな顔して、本当は優しいんだね」
「口を慎めよ」

 無表情だと思えないほど、毛利からは怒気が溢れていた。口調も淡白であり、あいかわらず抑揚がなかったが、誰が見ても明らかに怒っているとわかるほどだ。だが、雪村だけは、ただの言い合いだと思ったらしく、のほほんとかまえている。
 黒田はにやりと口の端を持ち上げた。

「残念ながら、慎む口は持ってないんだ。ぼく」
(噂に違わぬ男だな)

 ふっと毛利は鼻で笑った。それが分かる者はいなかったが、怒りはあの一瞬で治まったらしい。

< 41 / 116 >

この作品をシェア

pagetop