死神のくれたプレリュード
私は塾へ引き返すことにした。帰りたくなかった。
お腹にぽっかりと穴が開いたように体が軽い。
なぜだかそれを満たそうとは思わない。
ただただ、だぁーるかった。でも体は自然と前へ向かう。
私は急に笑い出した。面白かった。それは卑しめの笑いだった。嘲りの笑いだった。ばかみたいだわ。小さい頃から。兄ばっかり。私には。目もくれなかった。私を。認めてくれなかった。両親の愛情を得るためだけにここまでやってきた。いや違う。
私は –– 、私は狂気じみた努力をしてきたんだ。学校なんて、行く意味がない。学校でだって、蒼白い顔で授業なんてまともに聞いていない私を。昼休みだって震える手でシャープペンシルを握る私を、構ってくれる人なんていなかった。構ってくれという方がおかしい。そうだ。みんなは全然わるくない。きっと私がみんなわるいんだ。何か…、私は私の中に自責を繰り返すことで安息を得ようとしている自分を見つけた。他人に責任をおしつけて、自己犠牲を続けるみっともない自分から逃げているのだ。結局のところ、何も変わらない。ただ、自分を変えなければ、ここから抜け出すことはできない。その方が楽だ。でも、だめだ。私にはそんなことができる力はない。ああ。そう思いこむことで、私は何がしたいのだろう。まず、私自身を見つめることに意味はあるのだろうか。“ 意味 ” って何だろうか。何のための意味だろうか。もう私には分からない。それだけは確かだった。
顔を上げるとそこは塾が入ったビルだった。エレベーターへ。エレベーター。“ 10 ” 。10階です。ドアが開きます。出た。暗い空間を携帯電話の灯りで照らしながら、私は非常階段へ向かった。“ PRIVATE ” 。私は看板を横目に階段を丁寧に上がっていった。大きなガラスのドアにつきあたった。鍵はかかっていなかった。まあ、かかっていても壊していたかなああはは。ただひろい空間。都会の汚れた重い夜空。月が見えた。三日月だった。私はしばしの間、月光に身を委ねていた。すると、横の大きな大きな雲が、小さな月をすっぽりと覆い隠してしまった。耐えられなくなって目を逸らした。あああ。私はこの瞬間。
何かが音を立てて瓦解していったのが解った。
足が柵の方へと向かった。脚を上げて柵をのりこえた。
両腕を柵にかけてみる。


1ヶ月後、私が志望校に受かる可能性はゼロだ。


私が飛んだら、お母さん –––

お父さんは、何て言うかな。

すっ。駅へとつながる道路に私は落ちた。

弱い人間だった。––––––– いいんだ、これで。つぶった。

一瞬、何かに包まれるような気がしたっけ。
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