白井君の慰め方

やれやれと、先輩の呆れ返った溜息が一つ。目の前のテーブルの上に落とされて、染みのように広がっていった。カップに添えた手元までじわじわと忍び寄るそれが、私の事を飲み込んでいく。

「じゃあなんですぐに俺に確認してくれなかったの?」

そんな事出来る訳ないじゃ無いかと、私は俯いたままテーブルを見つめる。頭が重い。肺が重い。心臓が重い。確認なんて出来ない、何も出来なかった。何を言われてもどうすればいいのか分からなかったから、せめて現実にしたくないと言葉に出来なかった。いつも私はその一歩を踏み出せず、今日まで来た。

「あのさ、楓ちゃんは俺の何を知ってるの?」

何も言わない私に痺れを切らした先輩が、もう一つ問いかけてくる。私は先輩の、何を知っているのか。
色々知ってる。先輩の事は付き合う前から沢山情報を集めていたから、割と何でも知ってるはず。気持ち悪いくらいどうでもいい事でも、知れる事が嬉しかったから。それくらい好きだったから。でも、それをどう伝えようとまごついている間に、先輩から一つ言い渡される。

「俺に俺の事一つも聞いた事ないのに、楓ちゃんは俺の事を知ってるって言い張れるの?」

その瞬間、手の中の全てが塵となっていくのを呆然として眺めていた。私が大切にしてきた全てが今、目の前で泡となって消えていく。本人に確認もしないで知った気になるなと、先輩は言っているのだ。そんな奴から文句を言われる筋合いは無いのだと、何も知らないくせに思い上がるなと。

何も言えない私の前で、先輩はまたどこか乾いた笑い声をこぼす。これはきっと諦めの声なのだと思った。

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