二人を繋ぐ愛の歌
「こんにちは、【多幸】ですー」

数日前の出来事を思い出していた意識を戻し、六階に到着した第一エレベーターを出てすぐに左に進み廊下を真っ直ぐ行った所にある突き当たりの大きなドアに向かって右側にある休憩室と書かれたドア。
そこが指示された場所だと確認してからノックをして返事があったのを聞いてからドアを開けて挨拶すると、中にいたラフな格好をした芸能人のように顔が整った男性はこちらを見て怪しげな視線を向けてきた。

ーーさっきの警備員と同じ表情だなぁ。

そう思いながらも顔には出さずに弁当を机に置いていいか聞くが、その男性は沙弓の問いかけには答えず無言で近寄ってきた。

「本当に【多幸】さん?いつもの人と違うけど」

「はい、【多幸】です。
身分証もあります。
いつもの人はぎっくり腰で動けないので臨時のお手伝いとして来ました」

言いながら身分証を見せると男性はじっとそれを見てから頷いた。

「嶋川沙弓さんね……疑ってごめん。
場所と職業柄、初めて見る人にはちょっと敏感でさ」

「大きなテレビ局ですもんね。
でもセキュリティもしっかりしてますし、怪しい人は入って来れないんじゃないですか?」

「いや、意外と入ってくるんだよね。
変装したり大きい段ボールの中に入って荷物に紛れたりとか……侵入するために色々考えてるみたいだよ」

「うわ……すごい執念ですね」

そこまでして有名人に会いたいものなのかと他人に興味がない沙弓には理解できず目を丸くしていると、その男性は苦笑しながら台車に積まれた弁当を持ち上げた。
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