溺愛求婚〜エリート外科医の庇護欲を煽ってしまいました〜
力が及ばず、助けられなかった命も、もちろんある。でも、俺は医師というこの仕事が好きだ。これほど人の人生に密に関わる仕事は、他にはないと思っている。
助けられなかった命を糧にして、今日までがむしゃらにやってきた。両親に大反対されてまで医師の道に進んだのだから、という負い目も心のどこかにあったのかもしれない。
今では両親もこんな俺を認めてくれて『テレビに出るときは前もって教えろ。大事な手術の場面を見逃したじゃないか!』とモンクを言われるほどだ。執拗に跡取りの話をすることもなくなり、俺の活躍を自慢気に知人に語ったりもしているらしい。
仕事がすべてだった俺に、これまで女性との出会いがなかったわけではない。だけど近寄ってくる女性は俺のことを『Shino Hotelの御曹司』という目でしか見ていなかった。
Shino Hotelはホテル業界でも昔から知られている世界各地にある高級ホテルで、多彩な案を取り入れ発展、拡大し続けている世界中で人気のホテルだ。
純利益はホテル経営だけで数百億にのぼると言われている。その他、土地やビルを所有しているため不労所得が数億。世界中が注目する大規模なホテルは、メディアにも何度も取り上げられた。
だから自ら御曹司だと告げなくても、周りは皆知っていた。それは中学、高校でも同じで、担任や校長までもが俺を御曹司という目で特別扱いしていた。
高校時代に医師の道に進むことを決意したのは、自分の殻を破りたかったからだ。『御曹司』の自分から逃げたかった。そういう目で見られるのはうんざりだった。
家柄や両親のことは関係なく、俺自身を見てほしかった。だから自分自身の力で歩こうと決めた。
トロント大に行ってからは、周りのヤツらは対等に俺に接してくれた。それがなにより嬉しくて、新鮮だった。
柚に心を奪われたのは、アメリカの病院から帝都大に移ってきてわりとすぐの頃だった。
医師として話題の人物だった俺は、院内を歩けば注目の的で、至るところから好奇の目を向けられた。
どこにいても視線を感じるため、ひとりになれる場所を探して院内をうろついていたとき、ひと気のない非常階段にひとり佇む柚がいた。
彼女のことは知っていた。外科病棟の看護師の日下部さんだ。職業柄人の顔と名前を覚えるのは得意で、一度見たら絶対に忘れない。
思わず目を奪われたのは、彼女の目に涙が浮かんでいたからだ。