溺愛求婚〜エリート外科医の庇護欲を煽ってしまいました〜

消化器外科の病棟は十階建ての病院の五階に位置している。

西と東に片側ずつ病室があり、それぞれ四床の大部屋が五室、回復室が一室、個室が三室の総ベット数四十八床の大型の病棟だ。

入院から退院までは平均で約二週間。長くて一カ月。

主に大腸癌や胃癌の手術が多いので、術後の容態が安定すれば内科に移って抗がん剤治療や放射線療法を併用する例も少なくはない。

もちろんそんな患者さんばかりではなく、救急でやってくる人の中には命の危機に直面している患者さんもいる。

「三号室の山田さん、夜の様子は変わりがなかったか?」

涼しげな目元が私を捉える。

ぱっちりとした二重瞼と、鋭く光る漆黒の瞳。

「はい、発熱していますが、創部の出血量は異常がなさそうでした。排尿もしっかりありますし、今のところ痛み止めの注射が効いて落ち着いているようです」

篠宮先生の隣で急ぎ足で病室に向かっている間、夜勤者から申し送られた内容を私なりにアセスメントして簡単に伝える。

篠宮先生は小さく頷きながら、私の声に「そうか」と小さく返事をした。

「炎症がひどかったから、少し遅ければ命が危なかった」

「そうですね、今のところ縫合不全の心配もなさそうですし、大丈夫だとは思いますが……」

「なんだ? なにか言いたげだな」

「痛みのせいか、ちょっと気弱になっているところがあります」

「オペ後の侵襲から、疲れがピークに出る頃だからな」

スッキリとした端正な横顔には、大人の魅力がたっぷりだ。これは女性が放っておかないだろう。

申し分がないほど誠実で、私たちナースに対しても物腰が柔らかくて接しやすい先生でもある。

でも私は、なんとなく篠宮先生が苦手だ。

病室の前に着き、ドアをノックする。

野太い声が私たちを出迎えてくれた。病室に入ると、ベッドの上で疲れ切ったような顔をした山田さんがいた。クマみたいに大柄な山田さんは、大きな身体をしている割に気弱そうな表情を浮かべる。

それもそうだろう、命が危なかったのだ。危険な状態は脱したものの、長時間のオペの疲れがピークに出る頃だ。

それでも先生の顔を見ると、山田さんは無理に笑顔を作ってペコリと頭を下げた。

「うん、問題ないな」

ペンローズドレーンからの排液と、綺麗に縫い合わされた創部を見て、篠宮先生は安堵の息をもらした。

「これなら早期離床もできそうだな。今日は棟内を歩いてみてください」

「え? 一昨日手術したばっかりですよ? 無理っすよ、無理無理。まだ傷も痛いし」

山田さんは一昨日の昼間、突然の強い腹痛を訴えて救急車で搬送された五十代前半の患者さんだ。腸捻転と診断され、緊急手術を受けた。

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