溺愛求婚〜エリート外科医の庇護欲を煽ってしまいました〜

「お母さん、もう大丈夫だから。柚に頼ってばかりで悪かったわね。あとはお母さんに任せて、あんたも帰りなさい」

「え、でも」

「この時間の女の子のひとり歩きは危ないでしょ? だから、早く帰りなさい」

「お父さんが目覚めるまではいるよ。もう女の子っていう年齢でもないんだから」

「なに言ってるの。目が覚めたときに柚がいたら、怒られるのはお母さんなんだからね。心配なのよ、柚のことが。お父さんのことは大丈夫だから、帰りなさい」

「わかったよ」

言い出したら聞かない頑固者のお母さんは、考えを改める気はないらしい。お父さんのことが心配ではあったけれど、なにかあったら連絡をくれるだろうし、幸いにも今日は篠宮先生が当直だ。

きっと、大丈夫。医師としての篠宮先生のことは、とても信頼している。

病室を出てナースステーションに挨拶を済ませてから、病棟を出た。エレベーターで一階まで降りたところで、壁に持たれるようにして篠宮先生が立っていた。

外来の照明は消えていて、非常用出口の緑色の光がぼんやりと辺りを照らしている。

「帰るのか?」

「あ、はい」

「さっきは済まなかったな」

「い、いえ」

妙にかしこまっている篠宮先生を見て緊張感が増す。

「では、失礼します。お疲れ様でした」

「正面玄関にタクシーを待たせているから、それに乗って帰るんだ。いいな?」

「え?」

「俺の恩恵は受けたくないかもしれないが、もうすでに待機しているから断るのはなしだ。じゃあな」

ひらひらと後ろ手を振りながら、エレベーター脇の階段を上がっていく篠宮先生。わざわざ私にそれを伝えるためだけに待ってくれてたんだろうか。

タクシーまで呼んで帰り道を心配してくれた。不慣れな優しさに戸惑ってしまったけれど、疲れ切っている身体にはとてもありがたくて、タクシーに乗って帰路についた。

< 82 / 229 >

この作品をシェア

pagetop