溺愛求婚〜エリート外科医の庇護欲を煽ってしまいました〜
「お母さん、もう大丈夫だから。柚に頼ってばかりで悪かったわね。あとはお母さんに任せて、あんたも帰りなさい」
「え、でも」
「この時間の女の子のひとり歩きは危ないでしょ? だから、早く帰りなさい」
「お父さんが目覚めるまではいるよ。もう女の子っていう年齢でもないんだから」
「なに言ってるの。目が覚めたときに柚がいたら、怒られるのはお母さんなんだからね。心配なのよ、柚のことが。お父さんのことは大丈夫だから、帰りなさい」
「わかったよ」
言い出したら聞かない頑固者のお母さんは、考えを改める気はないらしい。お父さんのことが心配ではあったけれど、なにかあったら連絡をくれるだろうし、幸いにも今日は篠宮先生が当直だ。
きっと、大丈夫。医師としての篠宮先生のことは、とても信頼している。
病室を出てナースステーションに挨拶を済ませてから、病棟を出た。エレベーターで一階まで降りたところで、壁に持たれるようにして篠宮先生が立っていた。
外来の照明は消えていて、非常用出口の緑色の光がぼんやりと辺りを照らしている。
「帰るのか?」
「あ、はい」
「さっきは済まなかったな」
「い、いえ」
妙にかしこまっている篠宮先生を見て緊張感が増す。
「では、失礼します。お疲れ様でした」
「正面玄関にタクシーを待たせているから、それに乗って帰るんだ。いいな?」
「え?」
「俺の恩恵は受けたくないかもしれないが、もうすでに待機しているから断るのはなしだ。じゃあな」
ひらひらと後ろ手を振りながら、エレベーター脇の階段を上がっていく篠宮先生。わざわざ私にそれを伝えるためだけに待ってくれてたんだろうか。
タクシーまで呼んで帰り道を心配してくれた。不慣れな優しさに戸惑ってしまったけれど、疲れ切っている身体にはとてもありがたくて、タクシーに乗って帰路についた。