花とバスケと浴衣と
4.浴衣コンテスト
雨宮准教授の研究室を訪れて以来、類先輩からちょこちょことラインで連絡が入るようになった。雨宮准教授から、色々とセミナーや、研究発表会などの情報を千花に伝えるように言われるらしく、類先輩は律儀にそれを千花に教えてくれる。授業数が沢山ある千花は中々時間が合わず、結局一度も参加できていない。わざわざ類先輩を介すのが申し訳なくて、直接連絡をもらえるようにラインのIDとメールアドレスを雨宮准教授に伝えてもらうように類先輩に伝えたが、何故か類先輩を通しての連絡が続いている。4限目の途中にまた類先輩からメッセージが届いていた。
「こないだの図書館のカフェにいるけど、時間あったら来ない?」
授業が終わってからメッセージを確認した千花は返信を送った。
「すみません、授業でした。まだおられますか?」
「いるよ。」
千花は友人達に挨拶を済ませると、図書館棟へ向かって歩き出した。6月に入り雨が続いていたが、今日は久々に晴れて日差しがきつかった。階段を上がり、カウンターでアイスコーヒーを注文し、キョロキョロと類先輩を探した。手前側にはいないので、恐らく奥にいるのだろう。カップを受け取って、千花は前に座った席の方へ歩いていった。やはり前と同じ奥の席に類先輩が座って本を読んでいた。何をしてても絵になる人だな、と千花は思った。
「こんにちは。」
千花が声をかけると、ふと顔を上げた類先輩は綺麗に微笑んだ。
「こんにちは。授業お疲れ様。」
千花はテーブルにカップを置いて、正面の席に座った。
「随分気に入られちゃったみたいだね。」
「え?」
「雨宮准教授に。」
「なんか類先輩を通しての連絡になってしまってすみません。あの時、私が連絡先を先生にお渡しすれば良かったのに。」
「それは気にしないで。オレはあの時千花ちゃんの連絡先をあの人に教えなくて正解だったって思ってるから。」
「どうしてですか?」
「あの人に教えてたら、きっと毎日のように連絡くるよ。」
「そんなことはないと思いますけど…。」
「いや、あの人ならやりかねないからね。オレを通してワンクッション置いた方が良いんだ。」
「なんか類先輩に申し訳ないなって思ってたんですけど。」
「それは気にしないで。ところでさ、今日はちょっと千花ちゃんに頼みたいことがあって。」
「頼みたいこと?ですか?」
「うん。」
「私に出来ることなら何でもしますよ。」
「ホント?」
「はい。」
「実はコレなんだけど…。」
類先輩は鞄の中からパンフレットを出して千花に見せた。
「浴衣コンテスト?」
「このスポンサーになってる会社に先輩がいてね、コンテストに出てくれって頼まれてるんだ。」
千花は、パンフレットに目を落とした。着物メーカーと写真メーカーの共催となっている。写真メーカーの方に先輩がいるのかな?と勝手に想像しながら、他の情報を目で追った。日程は7月7日、七夕の日。募集要項を見ると、ペアでの出場(親子、兄弟、夫婦、カップルなど)となっていて、七夕だからペアを意識してるのかな?と千花は思った。親子という文字に、もしここに類先輩親子が浴衣姿で登場したら、すごい絵だろうなと想像した。雨宮准教授の浴衣姿に類先輩の浴衣姿!見たい!!
「類先輩、これに出るんですか?」
少し興奮して千花が尋ねると、類先輩は気だるそうに言った。
「一応出ろって頼まれてるってか半強制的に参加させられそう。」
「親子でですか?見たいです!っていうか見に行きます、絶対!!」
「は?親子?」
千花の発言に、類先輩は目を丸くして千花を見つめた。あれ?違った?
「え?違いました?」
「んなわけないだろ。何が悲しくてあの人とこんなイベントに出なきゃいけないんだよ。」
千花は、よく考えると確かに親子関係が露呈するのを嫌がっていた類先輩が親子で出るなんて言い出すわけがない。
「すみません、ここにペアの所に親子って書いてあったんで、先生と類先輩を想像してしまって…二人の浴衣姿想像したらすごい絵だろうなって。」
「有り得ない。」
一気に不機嫌な顔になった類先輩に、千花は丁重に謝った。
「すみません。勝手に想像して…。それで、このイベントに類先輩が出ることと私への頼み事の関係は…?」
「あ、そうそう。一緒に出てくれないかなと思って。」
「はぁ…えっ?」
「親子じゃなくてカップルとしてね、オレと一緒に千花ちゃん出てくれないかな?って。」
「ど、どうして私なんですか?彼女に頼めばいいじゃないですか。」
「彼女がいたら千花ちゃんに頼まないよ。」
「えっ?類先輩彼女いるんじゃなかったんですか?」
「オレそんなこといつ言った?」
「…わかりません。でもてっきりいるものだと思ってました。」
「こういうの頼めそうな子、千花ちゃんしか浮かばなかったんだ。千花ちゃんの浴衣姿なら見てみたいなって思ったんだけど…ダメ?」
「み、ミマはどうですか?ミマなら美人だし、背も高いから類先輩の隣に並んでも違和感ないと思うんですけど。」
「オレ、ふじさんにミマちゃん貸してくださいって言う勇気ないよ。」
藤山さんとミマがつきあっているらしいということは、類先輩から聞いた。ミマはそういうことをあまり話すタイプでもなかったが、話してくれなかったことに対して、千花は少しショックだった。しかし、本人に聞くと、つきあうってどういうこと?と逆に聞き返された。千花は思わず、え?と聞き返したが、ミマは至って真面目だった。ミマからの話だと、ふじさんが学校に来ている日は一緒にミマの作ったお弁当を食べているだけだと。何で?と聞くと、頼まれてお金渡されちゃったからと、あくまで弁当バイトだというミマに、じゃぁ別に一緒に食べる必要なくない?と聞くと、部室まで持って来たのに、わざわざ教室に戻る必要も無いだろうと言われたらしい。それを聞いて、ふじさんは必死なんだろうな…と千花は少しふじさんを不憫に思った。ミマに、ふじさんのこと好きなの?と聞くと、よくわからない、と言っていた。ただ、一緒にいることに嫌悪感を感じることはないし、流されてる自覚はあるけど、嫌になるまで流されてみようと思っているとミマの口から聞いて、千花は少しホッとしたのだった。
「確かに、ミマの許可より先に部長さんの壁が高そうですね。」
「でしょ?だからさ、無理かな?千花ちゃん彼氏できちゃった?」
少し心配そうな顔をして聞く類先輩を見て、千花は大きく首を横に振った。
「そんなのできてないですよ。」
「じゃぁだめ?オレと出てくれない?」
なんか断れない雰囲気を作られてるなーと思いながら、千花は
「わかりました。」
と答えた。類先輩は嬉しそうな顔で微笑んだ。彼女でもないのに、彼女役として類先輩の隣に立つことは、かなりの敵を作ってしまうことになるだろうな、と千花は一瞬心配したが、隣でこんなに綺麗に微笑んでもらえるなら、そんなことどうでも良いやと千花は思った。
「浴衣はある?」
「高校の時の文化祭で着た安物ならありますけど。」
「どんなの?」
スマホの写真に入っているかな?と千花は写真を探して、類先輩に見せた。薄いピンク地に濃いピンクの花柄が入った浴衣は、華道部で揃えたもので、千花はあまり興味が無かったので、友人達が勝手に決めたものだった。
「華道部で揃えた物なんで、皆同じ浴衣なんですけど。」
「この中に千花ちゃんいる?」
スマホを返され、千花が見ると、確かに自分は写っていなかった。
「あ、いないですね。でも、持ってる浴衣は同じものです。」
「そっか…。コンテストでこれ着る?」
「いえ…。あんまり似合わないんですよね、このピンク。」
「うん。千花ちゃんらしくないと思った。今度一緒に見に行こうよ。」
「え?」
「新しいの。カップルとして出るからには、チグハグだとおかしいしさ。」
「あぁ、そうですよね。類先輩は持っておられるんですか?」
「いや、オレもないから、二人でどんなのが良いか見に行かない?」
「わかりました。」
お互いの予定を確認して、翌週の日曜に浴衣を見に行く約束をした。なんか本当のデートみたいだなと、千花は思いながら、こんなイケメンとカップルになれることは無いんだから、どうせならこの疑似デートをとことん楽しもう、と思った。

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