花とバスケと浴衣と
お蕎麦屋を出ると、電車に乗って類先輩のお祖母様の家へ向った。お祖母様の家はマンションの5階だと類先輩が教えてくれた。
「マンションって意外でしょ?」
「はい。ちょっと驚きました。」
「前はそこに立派な家があったんだ。」
「そうだったんですか。」
「でも、じいちゃんが亡くなる前に、ここはマンションにしてばあちゃんが住みやすいようにしてくれって。」
「お祖父様の意志でですか。」
「うん。オレもびっくりしたんだけど、ばあちゃんは昔からマンションぐらしに憧れてたらしい。昔ながらの家って、やっぱり手入れが大変じゃん。」
「大きなお宅をお一人で維持管理されるのは大変でしょうね。」
「そう。で、ばあちゃんは一人で自由に暮らしたいっていうからさ。大きな家のままだと、空き巣とかも心配だし、マンションにして管理人置いてセキュリティをちゃんとしてって考えたみたい。」
「お祖母様のことすごく大事に思われてたんですね。」
「…だね。一番よくわかってたと思う。オレの理想の夫婦だよ。」
「素敵ですね。」
類先輩との会話は心地よかった。家族のことや色々な事を話してくれて、千花の話も興味深げに聞いてくれるので、緊張もいつの間にか解けて、千花も普通に話せるようになった。類先輩を見る周りの女性たちの視線は感じるが、千花は、本当の彼女ではないし、仲の良い先輩と後輩の距離感が千花には丁度よかった。5階について、類先輩がチャイムを鳴らした。千花は少し緊張したが、出てきた類先輩のお祖母様は、雨宮先生や類先輩とはあまり似ていない、小柄のニコニコした方だった。
「ばあちゃんに浴衣縫ってもらいたい友達、連れてきたよ。」
「こんにちは。はじめまして、牧野千花です。突然すみません。」
千花が頭を下げると、お祖母様は少し驚いた顔をして、言った。
「まぁ、可愛らしいお嬢さんね。どうぞ、上がって下さい。」
「お邪魔いたします。」
玄関先に傘を置き、エナメルのパンプスを脱いで、部屋に上がった。類先輩について奥のリビングらしい部屋へ入ると、可愛らしい和雑貨がたくさん置かれていて、菊鞠がテーブルに飾られていた。
「お茶をいれるから、そちらに座ってて。」
お祖母様に言われ、千花は、デパートで買ってきたお菓子を持ってお祖母様の後を追った。
「すみません。甘い物なんですが、良かったら一緒に。」
「まぁ、ありがとう。何かしら?開けてみても?」
千花が頷くと、お祖母様は箱を開けて、小さなたい焼きと、可愛らしい練りきりを見て
「うわぁ、上品な練りきりね。おじいちゃんに一つお供えして、私たちはこっち、類はたいやきにしましょ。」
お祖母様がお皿を出してくれたので、千花は手を洗ってお菓子をお皿に出した。類先輩が練りきりが乗った皿を一つ持って、隣の部屋へ入っていった。仏間かな?と思いながら、千花は他のお皿にお菓子を乗せて、リビングへ運んだ。お祖母様がお茶を運んできてくれて、三人でテーブルを囲んで座った。
「素敵なお菓子を用意してくれてありがとう。美味しそうね、早速いただきましょ。」
お祖母様はニコニコしながら練りきりを楊枝で切って口へ運んだ。千花も同じように練りきりを口へ運んだ。口の中で甘く溶けていくがさっぱりとした甘みで美味しかった。ここの練りきりは当たりだな、と千花は思った。
「意外とあっさりとした甘さで美味しいわ。」
「夏の練りきりってどんなだろうと思っていたんですけど、甘さがさっぱりしていますね。」
「千花ちゃん和菓子好きなの?」
「高校の時の華道の先生がお好きだったんで、その影響で私もハマりました。」
「華道を嗜んでいらっしゃるの?」
「高校の時にクラブ活動で習っていただけですが。」
「今はお花屋さんでアルバイトしてるんだ。」
「あら、そうなの。類が友達を連れてくるって言うから、私はてっきり男の子だと思っていたのよ。」
「あれ?言ってなかった?」
「友達としかいわなかったわよ。」
「ごめんごめん。女物は縫うの大変だったりする?」
「それは大丈夫よ。で、反物は買ってきたの?」
「うん。」
類先輩は、反物の入った紙袋を出し、お祖母様に見せた。お祖母様は千花用の反物を見て、
「あら、可愛らしいのがあったのね。じゃぁ早速測りましょうかね。」
と微笑んだ。お祖母様と隣の部屋へ行くと、やはり仏間になっていて、類先輩がお供えした練りきりが仏壇の前にあった。お祖母様が奥からメジャーを出している間に、千花は、仏壇の前に座って、お祖父様に手を合わせ、少し目を瞑ってご挨拶をした。写真の中のお祖父様は、やはり類先輩や雨宮先生とは違うタイプの顔立ちをしていた。
「おじいさんに挨拶してくれたのね。ありがとう。」
「いえ。」
「こちらへどうぞ。」
千花は羽織っていたカーディガンを脱いでお祖母様の前へ立った。腕を上げて、採寸しやすいように動いた。お祖母様は数字をメモしながら千花に話しかけた。
「類は中々気難しいでしょう?」
「そんなことないです。って言っても私もまだそれほど類先輩のこと知ってるわけじゃないんですけど。」
「あら、そうなの?でも、類が彼女を連れてきてくれたのは初めてなのよ。」
「私、彼女じゃないんです。ただの後輩なんです。」
「そうなの?」
「はい。」
「でも、どうしてただの後輩のあなたの浴衣を私に頼んだのかしら?」
「類先輩、先輩から浴衣コンテストに出るように頼まれたみたいで、ペアでの出場じゃなきゃダメみたいなんですけど、彼女はいないし、頼みやすそうなのが私だったみたいで。」
「まぁ。でも、類はモテるでしょうから、類が頼めば誰でも引き受けてくれそうな気もするけど。」
「私もそう思ったんですけど…多分、私だと後腐れなく頼めそうだと思ったんじゃないですかね?」
「私には、類があなたのこと大切に思ってるように見えたわ。」
「大切に…ですか?類先輩は優しいですからね。」
千花がお祖母様に向かって微笑むと、
「あなた、類と同じ笑い方するのね。」と言った。千花はどういう意味だろう?と思ったが、お祖母様はそれ以上何も言わず、採寸が終わったようだった。
ふすまを開けて、リビングへ戻ると、
「コンテストはいつなの?」と類先輩に聞いた。
「7月7日。七夕だよ。」
「わかったわ。それまでに二人分しあげておくわね。」
「助かるよ。ありがとう。」
「千花さん、浴衣は自分で着られるの?」
「…多分、大丈夫だと思います。」
「ここで着ていけば良いよ。」
「え?」
類先輩の発言に驚いた千花を他所に、
「そうね。ここからなら駅も近いし、私も手伝ってあげられるから。」
「でも、ご迷惑じゃ。」
「せっかく仕立てるんだから、千花さんが着るの、私も見たいわ。」
「ここから一緒に行った方が迷わなくて良いんじゃない?」
重ねるように言われ、千花は
「じゃぁお言葉に甘えて、よろしくお願いします。」
と頭を下げた。お祖母様は嬉しそうにニコニコ笑い、類先輩も笑っていた。
「マンションって意外でしょ?」
「はい。ちょっと驚きました。」
「前はそこに立派な家があったんだ。」
「そうだったんですか。」
「でも、じいちゃんが亡くなる前に、ここはマンションにしてばあちゃんが住みやすいようにしてくれって。」
「お祖父様の意志でですか。」
「うん。オレもびっくりしたんだけど、ばあちゃんは昔からマンションぐらしに憧れてたらしい。昔ながらの家って、やっぱり手入れが大変じゃん。」
「大きなお宅をお一人で維持管理されるのは大変でしょうね。」
「そう。で、ばあちゃんは一人で自由に暮らしたいっていうからさ。大きな家のままだと、空き巣とかも心配だし、マンションにして管理人置いてセキュリティをちゃんとしてって考えたみたい。」
「お祖母様のことすごく大事に思われてたんですね。」
「…だね。一番よくわかってたと思う。オレの理想の夫婦だよ。」
「素敵ですね。」
類先輩との会話は心地よかった。家族のことや色々な事を話してくれて、千花の話も興味深げに聞いてくれるので、緊張もいつの間にか解けて、千花も普通に話せるようになった。類先輩を見る周りの女性たちの視線は感じるが、千花は、本当の彼女ではないし、仲の良い先輩と後輩の距離感が千花には丁度よかった。5階について、類先輩がチャイムを鳴らした。千花は少し緊張したが、出てきた類先輩のお祖母様は、雨宮先生や類先輩とはあまり似ていない、小柄のニコニコした方だった。
「ばあちゃんに浴衣縫ってもらいたい友達、連れてきたよ。」
「こんにちは。はじめまして、牧野千花です。突然すみません。」
千花が頭を下げると、お祖母様は少し驚いた顔をして、言った。
「まぁ、可愛らしいお嬢さんね。どうぞ、上がって下さい。」
「お邪魔いたします。」
玄関先に傘を置き、エナメルのパンプスを脱いで、部屋に上がった。類先輩について奥のリビングらしい部屋へ入ると、可愛らしい和雑貨がたくさん置かれていて、菊鞠がテーブルに飾られていた。
「お茶をいれるから、そちらに座ってて。」
お祖母様に言われ、千花は、デパートで買ってきたお菓子を持ってお祖母様の後を追った。
「すみません。甘い物なんですが、良かったら一緒に。」
「まぁ、ありがとう。何かしら?開けてみても?」
千花が頷くと、お祖母様は箱を開けて、小さなたい焼きと、可愛らしい練りきりを見て
「うわぁ、上品な練りきりね。おじいちゃんに一つお供えして、私たちはこっち、類はたいやきにしましょ。」
お祖母様がお皿を出してくれたので、千花は手を洗ってお菓子をお皿に出した。類先輩が練りきりが乗った皿を一つ持って、隣の部屋へ入っていった。仏間かな?と思いながら、千花は他のお皿にお菓子を乗せて、リビングへ運んだ。お祖母様がお茶を運んできてくれて、三人でテーブルを囲んで座った。
「素敵なお菓子を用意してくれてありがとう。美味しそうね、早速いただきましょ。」
お祖母様はニコニコしながら練りきりを楊枝で切って口へ運んだ。千花も同じように練りきりを口へ運んだ。口の中で甘く溶けていくがさっぱりとした甘みで美味しかった。ここの練りきりは当たりだな、と千花は思った。
「意外とあっさりとした甘さで美味しいわ。」
「夏の練りきりってどんなだろうと思っていたんですけど、甘さがさっぱりしていますね。」
「千花ちゃん和菓子好きなの?」
「高校の時の華道の先生がお好きだったんで、その影響で私もハマりました。」
「華道を嗜んでいらっしゃるの?」
「高校の時にクラブ活動で習っていただけですが。」
「今はお花屋さんでアルバイトしてるんだ。」
「あら、そうなの。類が友達を連れてくるって言うから、私はてっきり男の子だと思っていたのよ。」
「あれ?言ってなかった?」
「友達としかいわなかったわよ。」
「ごめんごめん。女物は縫うの大変だったりする?」
「それは大丈夫よ。で、反物は買ってきたの?」
「うん。」
類先輩は、反物の入った紙袋を出し、お祖母様に見せた。お祖母様は千花用の反物を見て、
「あら、可愛らしいのがあったのね。じゃぁ早速測りましょうかね。」
と微笑んだ。お祖母様と隣の部屋へ行くと、やはり仏間になっていて、類先輩がお供えした練りきりが仏壇の前にあった。お祖母様が奥からメジャーを出している間に、千花は、仏壇の前に座って、お祖父様に手を合わせ、少し目を瞑ってご挨拶をした。写真の中のお祖父様は、やはり類先輩や雨宮先生とは違うタイプの顔立ちをしていた。
「おじいさんに挨拶してくれたのね。ありがとう。」
「いえ。」
「こちらへどうぞ。」
千花は羽織っていたカーディガンを脱いでお祖母様の前へ立った。腕を上げて、採寸しやすいように動いた。お祖母様は数字をメモしながら千花に話しかけた。
「類は中々気難しいでしょう?」
「そんなことないです。って言っても私もまだそれほど類先輩のこと知ってるわけじゃないんですけど。」
「あら、そうなの?でも、類が彼女を連れてきてくれたのは初めてなのよ。」
「私、彼女じゃないんです。ただの後輩なんです。」
「そうなの?」
「はい。」
「でも、どうしてただの後輩のあなたの浴衣を私に頼んだのかしら?」
「類先輩、先輩から浴衣コンテストに出るように頼まれたみたいで、ペアでの出場じゃなきゃダメみたいなんですけど、彼女はいないし、頼みやすそうなのが私だったみたいで。」
「まぁ。でも、類はモテるでしょうから、類が頼めば誰でも引き受けてくれそうな気もするけど。」
「私もそう思ったんですけど…多分、私だと後腐れなく頼めそうだと思ったんじゃないですかね?」
「私には、類があなたのこと大切に思ってるように見えたわ。」
「大切に…ですか?類先輩は優しいですからね。」
千花がお祖母様に向かって微笑むと、
「あなた、類と同じ笑い方するのね。」と言った。千花はどういう意味だろう?と思ったが、お祖母様はそれ以上何も言わず、採寸が終わったようだった。
ふすまを開けて、リビングへ戻ると、
「コンテストはいつなの?」と類先輩に聞いた。
「7月7日。七夕だよ。」
「わかったわ。それまでに二人分しあげておくわね。」
「助かるよ。ありがとう。」
「千花さん、浴衣は自分で着られるの?」
「…多分、大丈夫だと思います。」
「ここで着ていけば良いよ。」
「え?」
類先輩の発言に驚いた千花を他所に、
「そうね。ここからなら駅も近いし、私も手伝ってあげられるから。」
「でも、ご迷惑じゃ。」
「せっかく仕立てるんだから、千花さんが着るの、私も見たいわ。」
「ここから一緒に行った方が迷わなくて良いんじゃない?」
重ねるように言われ、千花は
「じゃぁお言葉に甘えて、よろしくお願いします。」
と頭を下げた。お祖母様は嬉しそうにニコニコ笑い、類先輩も笑っていた。