花とバスケと浴衣と
同級生たちの受験戦争がやっと終わり、卒業まで残り数週間となった三月、千花はいつも通り学校帰りにバイトへ向った。店の奥で制服から私服に着替えを済ませ、エプロンをつけて店頭へ行くと、奥さんが若い男性グループの相手をしていた。大学生のグループのようで、狭い店内に背の高い男の人達が3人、どうやら翌日の卒業式に先輩に渡す花の注文に来ていたようだ。
「あぁ、千花ちゃんちょうど良かった。千花ちゃんのブーケをご所望なのよ。」
千花が来たことに気づいた奥さんが、急に話を振った。奥さん見せられたミニブーケは、確かに昨日のバイト中に千花が作ったものだったが、店頭に並ぶ予定ではなかった。茶色の厚紙で包装し、緑色に染められた麻ひもでぐるぐる巻いて。小さくリボン結びにしただけのシンプルなミニブーケは、店長に販売の了承をまだ得ていないはずだった。
「これ…ですか?」
「明日卒業生に渡す花を見に来たみたいなんだけど、奥に入ってたコレが見つかっちゃって、これが良いっておっしゃるのよ。」
「サークルの先輩用の花なんで、これだと男が持ってても違和感ないと思って。」
話しだした背の高い男性を見て、千花は驚いた。ものすごくキレイな顔をしたイケメンだった。カッコイイ…。思わず見惚れてしまった千花に、男性は一瞬不思議そうな顔をして、
「そう思いません?」
と笑顔で聞かれ、千花は曖昧に頷いた。隣で奥さんがクスッと笑った声が聞こえ、奥さんの方を見ると、パチンとウインクをした。え?と思っていると、
「一つでいいのかしら?」
「いえ、できれば、4つお願いしたいんですが。」
「4つとも同じ形?花も全部同じにしたほうが良い?」
「花に関してはよくわからないんで、おまかせします。全部同じにしてもらわなくてもいいです。」
「予算はどのくらい?」
「安いに越したことはないんですけど…たとえば、一つ500円とかだと無理ですか?」
「500円だと、花の数を減らすことになるから、もう一回り小ぶりになっちゃうかな。」
「去年はチューリップ一輪だったんで、何か味気ないなーって思ってて、今年はもうちょっと何かないかなーってココに寄ってみたら、理想通りのがあったんで。」
「まぁ、そうだったの。じゃぁ少し花の数は減るけど特別に500円で請け負うわ。良いわね、千花ちゃん?」
「それは、ご主人に伺わないと…」
「そっちは大丈夫。私が説得するから。でもブーケを作るのは千花ちゃんでしょ?お願いできる?」
奥さんとイケメン二人に見つめられた千花は、少し顔を赤くして、コクコクと頷くことしか出来なかった。三人の大学生が店内から出ると、奥さんがパシンと千花の肩を叩き、
「にしても、彼、イケメンだったわねー。」
千花が頷くと、
「草下類くんだって。あんなイケメンがこんな近くにいたなんて全然知らなかったわ。」
「ホントですね。あんなキレイな顔の人初めて見ました。」
「千花ちゃんも惚れちゃった?」
「一目惚れなんて有り得ないって思ってましたけど、ちょっとその気持が理解できました。」
「まぁ。じゃぁコレをチャンスに頑張って。応援するわ、千花ちゃんの恋。」
人一倍ウキウキした様子の奥さんのキラキラした目に、恋をしたのは奥さんのほうじゃないかな?と思った。
「恋になるかはわからないですけどね。」
千花が笑いながら言うと、
「片思いも立派な恋よ。」
と奥さんは微笑んだ。そういえば片思いってしたことないな…と千花は思った。彼氏がいた事はあっても、自分から誰かを好きになったことはなかったかもしれない。片思いか…と思いながら、先程の男性を思い浮かべた。背の高いイケメン。きっと人気があって、素敵な彼女がいるんだろうな、と簡単に想像できた。片思いも立派な恋…。あの彼に、少し片思いしてみようかなと千花は思った。
奥さんの指示で、売れ残りの開きかけの花を中心に、昨日作ったブーケよりも花を少なめにして、ブーケを作った。梱包用の厚手の茶色い紙を適当なサイズに切って、少しグシャグシャとしてよれを作り、紙を柔らかくしてから広げ直し、作った花束を梱包した。本来なら、切りっぱなしのほうがおしゃれだが、明日のお昼に綺麗に咲いた状態を維持するために、奥さんと相談して、ペーパータオルに水を含ませ、切り口に巻き、水がもれないようビニールで足元を覆い、その上から梱包紙で包みこみ、形を整えて麻ひもでぐるぐる巻いて止めた。奥さんの指示で、4つとも違う花の組み合わせにしたので、それぞれに個性が違った花束になった。包装の仕方も、敢えて少しずらしてみたり、それぞれの花の雰囲気に合わせて包んだ。完成した4つを並べてみると、同じ素材なのに、かなり違った雰囲気のブーケが4種類できた。昨日作ったブーケを隣に並べると、少し遊びすぎかな?という印象を受けたが、店長も奥さんもとても良いと褒めてくれた。
「もうミニブーケは千花ちゃんに任せておけば問題ないね」
「ほんとこの2月ぐらいでグンと腕が上がったね」
「売上も比例してあがってるからホントに助かるよ。市枝さんのオススメなだけあったよ。四月からは大学生だし、バイト代も少し上げなきゃな。」
「大学に入っても続けてくれるのよね?」
「もちろん、そのつもりです。家からも近いですし、できればずっとここでお世話になりたいと思ってます。」
「頼もしいねー。これで少なくとも後4年はうちも安泰だな。」
店長と奥さんの三人で笑って話をしながら、千花はこの夫婦の雰囲気が大好きで、家族の一人のように扱ってくれる二人をとても信頼していた。