花とバスケと浴衣と
B棟サロンの入り口近くのテーブルに座り、目の前のミマに目をやった。
「千花?もう大丈夫?頭は痛くない?」
「うん。もう平気。心配かけてごめんね美馬。それと、ありがとう。」
「ま、とりあえず、良かったね。名前も呼んでもらったし、少しは近づけたんじゃない?憧れのルイ先輩に。」
「うん。ホントに美馬のおかげ。感謝してる。」
「じゃ、そろそろ私は帰るから、後は適当に頑張って。」
「待って。何で帰るの?ルイ先輩に待っててって言われたじゃん。」
「それは千花にでしょ?」
「え?違うでしょ。あれはミマに言ってたんだよ。とりあえず、ルイ先輩が来るまでで良いから一緒にいて。私もこんな所で一人で待ってるの嫌だよ。ね、お願い。」
「明日B定食おごってくれるなら良いよ。」
「B定食ね、分かった。」
千花は類先輩がミマを待たせるために千花に頼んだことに気がついていた。それでも、もう少し近づいて話してみたいと思った。しばらくすると、部室に連れて行ってくれた男性が走ってきて、場所を奥の運動スペース近くに移動した。
「良かった。ちゃんと帰らずに待っててくれてありがとう。」
類先輩は千花を見て微笑んだ。千花はもうお役御免だろうなと自虐的に思いながら、曖昧に頷くと、
「千花、じゃぁ私そろそろ行くね。」
立ち上がろうとするミマに、
「え?何で?」
と類先輩の声に、ほら、やっぱりね、と千花は思った。
「ミマちゃんどこ行くの?」
と長谷部が見覚えのない背の高い男性を連れて歩いてきた。
「この子が長谷部の後輩?初めまして、33の部長をしています、経済学部経営学科4回の藤山士郎です。」
「文学部地域研究科1回生の美馬楓です。」
「入部希望って聞いたんだけど。」
「いえ、入部希望というわけではなくて、見学に来ただけです。」
目の前で繰り広げられる会話に、千花は自分のついた嘘に少し申し訳ない気持ちになった。
隣に座った類先輩に驚くと、
「千花ちゃん、商店街のお花屋さんの子だよね?」
まさかバレてるとは思わなかった千花が驚いて顔を見ると、
「やっぱり。あの時は、ありがとうね、無理言って。」
「いえ、奥さんが決めたんで、私は何も。」
「でも、あの花束は全部千花ちゃんが作ってくれたんでしょ?」
「はい。一応。」
「4つとも個性が違ってすごい喜んでもらえたよ。」
「本当ですか?それなら良かったです。」
千花は自分が作った花束を喜んでもらえたと聞いて、ホッとした。
「千花ちゃんはお花が好きなんだ。」
「高校の時、華道部だったんで。」
「そうなんだ。今日は彼女に付き合って見学に来たの?」
突然突かれた確信に、千花は引かれるのを覚悟で正直に類先輩に話した。
「いえ…。本当は私が無理やりミマを連れてきたんです。」
「ん?どういうこと?」
「類先輩とお話してみたくて、何でも良いから接点が欲しくて、一緒に見に行くだけでいいからってミマに頼み込んだんです。…すみません。」
一瞬驚いた顔を見せた類先輩は、少し考えるような顔をして、視線をずらした。あー、やっぱり引かれちゃったか…と思いながら、千花は、それでも嘘をつくよりはマシだと自分を納得させた。その時、ボールをつく音が聞こえて、千花がコートを見ると、何故かミマがゴールに向かってボールを放っている。え?ミマ何やってんの?と自分のことにしか目が行かず、ミマを置き去りにしていたことを反省した。シュポッとキレイな音を鳴らして入ったボールを見て、やっぱりミマはカッコイイし、バスケが似合うと思った。目の前で、ミマがボールを取りに行き、苦笑いしてボールを返している。部長と何やらやり取りをして、ミマは一瞬嫌そうな顔をしながらも、2本目をうった。ガンっとフレームに当たって外れたボールを拾いに行った。千花は、私なら絶対あそこまでボール届かないな…と思った。ボールを取りに行ったミマが部長に返すと、またボールを突き返されていて、ミマは何かを言いながら、受け取ったボールを何度かついて、半円の外側に立つと、フッと息をついて、ボールを放った。一本目と同じくボールはシュポッとキレイな音を立ててスッと落ちてきた。やっぱりミマはすごいと、思って見惚れていると、ボールを取った部長が突然速いボールを千花に向かって投げつけた。
「千花!」
ミマの叫びと共に、千花が目を瞑ると、いつの間にか千花を守るように立ちはだかった類先輩が、何事もなかったようにボールをスポッと受けた。
「ったく危ないっすよー、フジさん。千花ちゃんは経験者じゃないんですから。」
と藤山に向って言いながら、同じ速さのパスを藤山に返した。パッと受け取った藤山は、ミマに向ってパスを投げながら、
「打て」と言った。言われたとおりに身体が反応した様子のミマが放ったボールは、ゴールに吸い込まれていった。
「すげー。」
「おー。」
「キレイなフォームだなー。」
「格好良すぎだよ、美馬!」
千花も思わず興奮して声を上げた。類先輩も長谷部も嬉しそうに笑っている。ミマの正面に立った部長がミマに向かって何か言っている。千花の場所からは聞き取れないが、少し揉めている様子だった。大丈夫かな?と千花が見ていると、ミマの耳元に顔を近づけて部長が何かを話していた。元々知り合いだったのかな…?というくらいの距離で、千花は驚いた。ミマは一歩後ずさりをし、綺麗に一礼すると、ゆっくり千花のいるテーブルまでくると、自分のリュックを取った。
「ミマどうしたの?」
千花が声をかけたが、ミマは突然すごいスピードで走り出した。え?何?どういうこと?周りも状況が掴めず、千花も呆気にとられてミマの背中を見送った。
「待って、美馬ちゃん!」
慌てた声を出して長谷部が追いかけていった。どういうこと?部長はミマに何をしたの?我に返った千花は、ミマを追いかけた方が良いと思い、荷物を持って立ち上がると、類先輩が
「千花ちゃん、今行ってもあのスピートじゃ多分間に合わないんじゃない?」
と言った。確かに、もう既にサロンを出てしまったミマにいくら千花が追いかけて声をかけても届かないだろう。千花は諦めて、諸悪の根源であろう部長を睨みつけた。
「あなた、ミマに何言ったんですか?」
突然強い視線で睨まれた部長は一瞬怯んだ様子を見せたが、千花の真剣な目を見て言った。
「君が彼女の友達か?」
「そうです。」
「彼女は入部希望じゃないと言った。」
「…。私が無理やり見学に誘いました。」
「よく連れてきてくれた。」
「え?」
「混合チームを作りたいんだ。彼女みたいなプレイヤーを探していた。是非彼女と同じチームでやりたい。協力してくれないか?」
「ミマに何を言ったんですか?」
「大したことは言っていない。」
「でも、現にミマはあなたの言葉で逃げ出した。違いますか?」
「入部決定と言っただけだ。」
「それだけで逃げ出しますか?」
「何故突然走り出したのか、オレにもわからん。」
困惑した目で千花が見つめると、類先輩が隣でプッと吹き出した。
「何だルイ?」
「フジさんを睨みつけて、ここまではっきり意思表示する女の子初めて見たから。」
思わず怒った表情のまま類先輩を見ると、
「ゴメンゴメン。千花ちゃん怒らないで。こんなやり込められてるフジさんがおかしいだけだから。」
と言った。確かに、カッとなって部長に文句を言ったが、見るからに厳つくて怖そうだ。千花は睨んでいた自分を反省して謝った。
「すみません。」
「千花ちゃんが謝ることないよ。フジさんが警戒されたのは間違いないですからね。」
と類先輩は笑った。そこへ、長谷部が息を切らした様子で走ってきた。
「ふじさん、ミマちゃんに何言ったんすか!?」
千花と同じように、長谷部は息巻いた。
「大したことは言っていない。入部決定と言っただけだ。」
「それだけであんな急にダッシュするわけないでしょ。あいつ、あの走り本気でしたよ。全然追いつけないし、チャリ置き場でチャリ乗って全力疾走していきましたよ。大事な後輩に何してくれてるんですか。ホントに。せっかくいいプレイヤーが見つかったのに、入部してくれなかったら、ふじさんのせいですからね。」
千花は、とりあえず、ミマ本人に聞くしかない、と思って、電話をかけた。しかし、ミマは電話に出なかった。ミマがいつもかぶっているキャップが忘れられているのに気づき、
「今どこ?何で急に走っていったの??忘れ物してるよ!」とメッセージを送った。ミマの家はここから30分はかかると言っていたので、まだ自転車に乗っているかもしれない。類先輩が、
「電話でない?」
と心配そうに聞いてきた。千花は頷いて、家まで30分くらいかかると言っていたことを伝えると、
「そうか…。じゃぁとりあえず、返事があるまでここで待ってくれない?」
「え?」
「オレたちも心配だし、何かあったら困るしさ。大丈夫、帰りはちゃんと送るよ。」
驚いた顔で千花が見ると、
「オレと話したいって思ってくれてたんでしょ?」
と類先輩が言った。千花は、目的を思い出して座り直した。
「そうでした。そのために、ミマを巻き込んだのに、こんなことになっちゃって…。」
「大丈夫だよ。きっとすぐに連絡来るよ。オレも、ミマちゃんと一緒にプレイしてみたいしさ。ミマちゃんは、もうバスケやるつもりないのかな?」
「よくわからないです。でも、ミマ、ずっとバスケ大好きで、高校の時もファンが出来るくらいカッコよくて、努力家で。でも、引退してからはバスケはやってないって言ってました。サークル入らないの?って聞いたら、運動系で面白そうなのがあったら入るって言ってました。スポーツは大好きみたいで、バイトもジムでインストラクターのサポートみたいなことやってるって言ってましたし。」
「普段から運動してるんだろうね。じゃなきゃ、あんなに簡単に入らないよ。」
「ですよね。でも、33って男の人だけのサークルだったんじゃないんですか?」
「あぁ。混合チームを作りたいとはずっと言ってたんだ。ただ、それに見合うだけのプレイヤーが今日まで発掘できなかっただけ。」
「なるほど…。だから皆さんミマに入ってほしいと。」
「うん。まぁでも本人次第だよ。やりたいって思わないならオレたちは無理強いはしない。」
「ですよね。」
「千花ちゃんも入る?」
「私、運動はダメなんで、多分マネージャーも務まりません。」
「そうなの?残念。」
「でも、もしミマが入ったらまた応援に来ます。」
「ミマちゃんが入らなくても来てくれて良いよ。でも、帽子はかぶってきてね。」
「そうでした。今日は本当にご迷惑かけてすみませんでした。」
「暑いな~とか思わなかったの?」
「初めてちゃんと見たんです。スリーオンスリー。なんか目で追うのに必死になっちゃって、全然気づきませんでした。」
「面白かった?」
「なんかすごい迫力のスポーツだなって思いました。」
今日の感想を類先輩に伝えていると、突然、長谷部が話しかけた。
「千花ちゃんって言ったよね?ミマちゃんと同級生の。」
「はい。」
「ミマちゃんに連絡取れない?」
「着信残して、メッセージも送ったんで、多分気がついたら返信くれると思うんですけど。」
「そっか。連絡先教えてくれない?」
「ミマのですか?」
「千花ちゃんの。」
「私の?」
「ミマちゃんを連れてきたのは、千花ちゃんだからね。オレたちは、ミマちゃんと一緒に混合チームを作りたいんだ。」
「私から説得はできません。でも、ミマがやりたいって思ったら、応援します。」
「オッケー、交渉成立。説得はオレたちがするから。」
長谷部とラインのID交換をしていると、類先輩がオレもと入ってきた。驚いた千花の顔を見て、
「嫌?」
「いえ、ちょっと意外だったんで。」
「何で?」
「聞いても教えてもらえないだろうなって思ってました。」
「そう?まぁ普通にファンですって子には教えないけど。」
「だったら余計…。」
「千花ちゃんは、フジさんを睨みつけるくらいの度胸がある子だから、ちょっと興味が沸いたのと、長谷部の毒牙にかからないか心配だから。」
「お前、失礼だなー。」
「長谷部先輩はミマねらいじゃないんですか?」
「長谷部はね、来る者拒まずだし、興味なさそうな顔して近づいといて、いつの間にか攫ってっちゃうから気をつけないと。特に、千花ちゃんみたいに可愛い女子の被害者は多いからね。」
「お前、余計なこと言うなよ。オレの信用ガタ落ちじゃねーか。」
「大丈夫です。そうだろうなって思ってましたから。」
「さすが、千花ちゃん、よく理解ってる。」
「何だよお前ら。オレは博愛主義なだけだ。」
わいわいと、長谷部と類先輩と話していると、千花のスマホが光った。
「ごめん。もう家。明日でいいから千花預かっといて。」
ミマからの返信に、すぐに電話をかけ直した。
「ちょっと美馬?何で急に帰ったのよ。」
「ごめん。でも、もう千花の目的は達成したから良いでしょ?」
「そうだけど、皆びっくりしてたよ。美馬が急に走っていくから。」
「ごめん。」
「あ、ちょっと待って。」
長谷部が千花にお願い、代わってと、言っているので、千花は仕方なく電話を渡した。
「美馬ちゃん?長谷部。何で急に走り出すかなー。」
「いや、謝罪じゃなくて理由を聞いてるんだけど。」
「あれ?もしもし?美馬ちゃん?聞こえてる?電波悪いのかな?もしもーし?」
ミマが黙り込んだんだなと千花はすぐに思った。やっぱり何かあったんだ。代わるんじゃなかったと思っていると、いつの間にか長谷部の後ろに部長が来ていた。
「繋がったのか?」
「切れてはないと思うんですけど、電波悪いのか、全然ミマちゃんの声聞こえないんです。」と言いながら、長谷部が部長にスマホを渡した。大丈夫なのか?と思っていると、
「楓?」
突然ミマの下の名前を部長が呼んだ。やっぱり知り合いだったのかと千花は思った。
「明日2限の後部室集合。忘れ物預かっとくから。今日はゆっくり休め。じゃぁな。」と通話を終わらせて、千花に渡した。千花は思わず部長に聞いた。
「ミマと知り合いだったんですか?」
「いや。どうして?」
「だって、今名前。」
「文学部地域研究科一年、美馬楓だろ?本人がさっき名乗った。」
千花は、何となくミマが逃げ去った理由が分かった気がした。きっとミマも怖かったんだ。唖然としていると、長谷部が言った。
「じゃぁ、これはオレが部室に持ってときます。」
「え?私が明日返しときますよ。」
「千花ちゃん、明日のお昼一緒にこっちの学食で食べない?」
「へ?」
類先輩が突然明日の昼食の話をするので、千花は驚いて変な声を出した。
「何か用事あった?」
「いえ、用事っていうか、ミマと一緒に食べる約束してたんで。」
「じゃぁそれ、明後日に変更してもらえない?」
千花は、類先輩の考えがわかった。何としてでもこの人達はミマに入部してもらいたいんだ。
「わかりました。ミマにメッセージ送ります。」
「B定食おごるの明後日に変更して。明日はルイ先輩と昼食ご一緒できることになっちゃった。」と、千花が送ると、
「了解。明日の朝忘れ物よろしくね。」返事があった。
千花は、帽子は無理だよ…完全に人質状態だ…と思いながらも、ミマの心境を考え、「OK」と返事をした。送ると言ってくれた類先輩を、千花は、大丈夫ですと丁寧に断って、先にサロンを後にした。
「千花?もう大丈夫?頭は痛くない?」
「うん。もう平気。心配かけてごめんね美馬。それと、ありがとう。」
「ま、とりあえず、良かったね。名前も呼んでもらったし、少しは近づけたんじゃない?憧れのルイ先輩に。」
「うん。ホントに美馬のおかげ。感謝してる。」
「じゃ、そろそろ私は帰るから、後は適当に頑張って。」
「待って。何で帰るの?ルイ先輩に待っててって言われたじゃん。」
「それは千花にでしょ?」
「え?違うでしょ。あれはミマに言ってたんだよ。とりあえず、ルイ先輩が来るまでで良いから一緒にいて。私もこんな所で一人で待ってるの嫌だよ。ね、お願い。」
「明日B定食おごってくれるなら良いよ。」
「B定食ね、分かった。」
千花は類先輩がミマを待たせるために千花に頼んだことに気がついていた。それでも、もう少し近づいて話してみたいと思った。しばらくすると、部室に連れて行ってくれた男性が走ってきて、場所を奥の運動スペース近くに移動した。
「良かった。ちゃんと帰らずに待っててくれてありがとう。」
類先輩は千花を見て微笑んだ。千花はもうお役御免だろうなと自虐的に思いながら、曖昧に頷くと、
「千花、じゃぁ私そろそろ行くね。」
立ち上がろうとするミマに、
「え?何で?」
と類先輩の声に、ほら、やっぱりね、と千花は思った。
「ミマちゃんどこ行くの?」
と長谷部が見覚えのない背の高い男性を連れて歩いてきた。
「この子が長谷部の後輩?初めまして、33の部長をしています、経済学部経営学科4回の藤山士郎です。」
「文学部地域研究科1回生の美馬楓です。」
「入部希望って聞いたんだけど。」
「いえ、入部希望というわけではなくて、見学に来ただけです。」
目の前で繰り広げられる会話に、千花は自分のついた嘘に少し申し訳ない気持ちになった。
隣に座った類先輩に驚くと、
「千花ちゃん、商店街のお花屋さんの子だよね?」
まさかバレてるとは思わなかった千花が驚いて顔を見ると、
「やっぱり。あの時は、ありがとうね、無理言って。」
「いえ、奥さんが決めたんで、私は何も。」
「でも、あの花束は全部千花ちゃんが作ってくれたんでしょ?」
「はい。一応。」
「4つとも個性が違ってすごい喜んでもらえたよ。」
「本当ですか?それなら良かったです。」
千花は自分が作った花束を喜んでもらえたと聞いて、ホッとした。
「千花ちゃんはお花が好きなんだ。」
「高校の時、華道部だったんで。」
「そうなんだ。今日は彼女に付き合って見学に来たの?」
突然突かれた確信に、千花は引かれるのを覚悟で正直に類先輩に話した。
「いえ…。本当は私が無理やりミマを連れてきたんです。」
「ん?どういうこと?」
「類先輩とお話してみたくて、何でも良いから接点が欲しくて、一緒に見に行くだけでいいからってミマに頼み込んだんです。…すみません。」
一瞬驚いた顔を見せた類先輩は、少し考えるような顔をして、視線をずらした。あー、やっぱり引かれちゃったか…と思いながら、千花は、それでも嘘をつくよりはマシだと自分を納得させた。その時、ボールをつく音が聞こえて、千花がコートを見ると、何故かミマがゴールに向かってボールを放っている。え?ミマ何やってんの?と自分のことにしか目が行かず、ミマを置き去りにしていたことを反省した。シュポッとキレイな音を鳴らして入ったボールを見て、やっぱりミマはカッコイイし、バスケが似合うと思った。目の前で、ミマがボールを取りに行き、苦笑いしてボールを返している。部長と何やらやり取りをして、ミマは一瞬嫌そうな顔をしながらも、2本目をうった。ガンっとフレームに当たって外れたボールを拾いに行った。千花は、私なら絶対あそこまでボール届かないな…と思った。ボールを取りに行ったミマが部長に返すと、またボールを突き返されていて、ミマは何かを言いながら、受け取ったボールを何度かついて、半円の外側に立つと、フッと息をついて、ボールを放った。一本目と同じくボールはシュポッとキレイな音を立ててスッと落ちてきた。やっぱりミマはすごいと、思って見惚れていると、ボールを取った部長が突然速いボールを千花に向かって投げつけた。
「千花!」
ミマの叫びと共に、千花が目を瞑ると、いつの間にか千花を守るように立ちはだかった類先輩が、何事もなかったようにボールをスポッと受けた。
「ったく危ないっすよー、フジさん。千花ちゃんは経験者じゃないんですから。」
と藤山に向って言いながら、同じ速さのパスを藤山に返した。パッと受け取った藤山は、ミマに向ってパスを投げながら、
「打て」と言った。言われたとおりに身体が反応した様子のミマが放ったボールは、ゴールに吸い込まれていった。
「すげー。」
「おー。」
「キレイなフォームだなー。」
「格好良すぎだよ、美馬!」
千花も思わず興奮して声を上げた。類先輩も長谷部も嬉しそうに笑っている。ミマの正面に立った部長がミマに向かって何か言っている。千花の場所からは聞き取れないが、少し揉めている様子だった。大丈夫かな?と千花が見ていると、ミマの耳元に顔を近づけて部長が何かを話していた。元々知り合いだったのかな…?というくらいの距離で、千花は驚いた。ミマは一歩後ずさりをし、綺麗に一礼すると、ゆっくり千花のいるテーブルまでくると、自分のリュックを取った。
「ミマどうしたの?」
千花が声をかけたが、ミマは突然すごいスピードで走り出した。え?何?どういうこと?周りも状況が掴めず、千花も呆気にとられてミマの背中を見送った。
「待って、美馬ちゃん!」
慌てた声を出して長谷部が追いかけていった。どういうこと?部長はミマに何をしたの?我に返った千花は、ミマを追いかけた方が良いと思い、荷物を持って立ち上がると、類先輩が
「千花ちゃん、今行ってもあのスピートじゃ多分間に合わないんじゃない?」
と言った。確かに、もう既にサロンを出てしまったミマにいくら千花が追いかけて声をかけても届かないだろう。千花は諦めて、諸悪の根源であろう部長を睨みつけた。
「あなた、ミマに何言ったんですか?」
突然強い視線で睨まれた部長は一瞬怯んだ様子を見せたが、千花の真剣な目を見て言った。
「君が彼女の友達か?」
「そうです。」
「彼女は入部希望じゃないと言った。」
「…。私が無理やり見学に誘いました。」
「よく連れてきてくれた。」
「え?」
「混合チームを作りたいんだ。彼女みたいなプレイヤーを探していた。是非彼女と同じチームでやりたい。協力してくれないか?」
「ミマに何を言ったんですか?」
「大したことは言っていない。」
「でも、現にミマはあなたの言葉で逃げ出した。違いますか?」
「入部決定と言っただけだ。」
「それだけで逃げ出しますか?」
「何故突然走り出したのか、オレにもわからん。」
困惑した目で千花が見つめると、類先輩が隣でプッと吹き出した。
「何だルイ?」
「フジさんを睨みつけて、ここまではっきり意思表示する女の子初めて見たから。」
思わず怒った表情のまま類先輩を見ると、
「ゴメンゴメン。千花ちゃん怒らないで。こんなやり込められてるフジさんがおかしいだけだから。」
と言った。確かに、カッとなって部長に文句を言ったが、見るからに厳つくて怖そうだ。千花は睨んでいた自分を反省して謝った。
「すみません。」
「千花ちゃんが謝ることないよ。フジさんが警戒されたのは間違いないですからね。」
と類先輩は笑った。そこへ、長谷部が息を切らした様子で走ってきた。
「ふじさん、ミマちゃんに何言ったんすか!?」
千花と同じように、長谷部は息巻いた。
「大したことは言っていない。入部決定と言っただけだ。」
「それだけであんな急にダッシュするわけないでしょ。あいつ、あの走り本気でしたよ。全然追いつけないし、チャリ置き場でチャリ乗って全力疾走していきましたよ。大事な後輩に何してくれてるんですか。ホントに。せっかくいいプレイヤーが見つかったのに、入部してくれなかったら、ふじさんのせいですからね。」
千花は、とりあえず、ミマ本人に聞くしかない、と思って、電話をかけた。しかし、ミマは電話に出なかった。ミマがいつもかぶっているキャップが忘れられているのに気づき、
「今どこ?何で急に走っていったの??忘れ物してるよ!」とメッセージを送った。ミマの家はここから30分はかかると言っていたので、まだ自転車に乗っているかもしれない。類先輩が、
「電話でない?」
と心配そうに聞いてきた。千花は頷いて、家まで30分くらいかかると言っていたことを伝えると、
「そうか…。じゃぁとりあえず、返事があるまでここで待ってくれない?」
「え?」
「オレたちも心配だし、何かあったら困るしさ。大丈夫、帰りはちゃんと送るよ。」
驚いた顔で千花が見ると、
「オレと話したいって思ってくれてたんでしょ?」
と類先輩が言った。千花は、目的を思い出して座り直した。
「そうでした。そのために、ミマを巻き込んだのに、こんなことになっちゃって…。」
「大丈夫だよ。きっとすぐに連絡来るよ。オレも、ミマちゃんと一緒にプレイしてみたいしさ。ミマちゃんは、もうバスケやるつもりないのかな?」
「よくわからないです。でも、ミマ、ずっとバスケ大好きで、高校の時もファンが出来るくらいカッコよくて、努力家で。でも、引退してからはバスケはやってないって言ってました。サークル入らないの?って聞いたら、運動系で面白そうなのがあったら入るって言ってました。スポーツは大好きみたいで、バイトもジムでインストラクターのサポートみたいなことやってるって言ってましたし。」
「普段から運動してるんだろうね。じゃなきゃ、あんなに簡単に入らないよ。」
「ですよね。でも、33って男の人だけのサークルだったんじゃないんですか?」
「あぁ。混合チームを作りたいとはずっと言ってたんだ。ただ、それに見合うだけのプレイヤーが今日まで発掘できなかっただけ。」
「なるほど…。だから皆さんミマに入ってほしいと。」
「うん。まぁでも本人次第だよ。やりたいって思わないならオレたちは無理強いはしない。」
「ですよね。」
「千花ちゃんも入る?」
「私、運動はダメなんで、多分マネージャーも務まりません。」
「そうなの?残念。」
「でも、もしミマが入ったらまた応援に来ます。」
「ミマちゃんが入らなくても来てくれて良いよ。でも、帽子はかぶってきてね。」
「そうでした。今日は本当にご迷惑かけてすみませんでした。」
「暑いな~とか思わなかったの?」
「初めてちゃんと見たんです。スリーオンスリー。なんか目で追うのに必死になっちゃって、全然気づきませんでした。」
「面白かった?」
「なんかすごい迫力のスポーツだなって思いました。」
今日の感想を類先輩に伝えていると、突然、長谷部が話しかけた。
「千花ちゃんって言ったよね?ミマちゃんと同級生の。」
「はい。」
「ミマちゃんに連絡取れない?」
「着信残して、メッセージも送ったんで、多分気がついたら返信くれると思うんですけど。」
「そっか。連絡先教えてくれない?」
「ミマのですか?」
「千花ちゃんの。」
「私の?」
「ミマちゃんを連れてきたのは、千花ちゃんだからね。オレたちは、ミマちゃんと一緒に混合チームを作りたいんだ。」
「私から説得はできません。でも、ミマがやりたいって思ったら、応援します。」
「オッケー、交渉成立。説得はオレたちがするから。」
長谷部とラインのID交換をしていると、類先輩がオレもと入ってきた。驚いた千花の顔を見て、
「嫌?」
「いえ、ちょっと意外だったんで。」
「何で?」
「聞いても教えてもらえないだろうなって思ってました。」
「そう?まぁ普通にファンですって子には教えないけど。」
「だったら余計…。」
「千花ちゃんは、フジさんを睨みつけるくらいの度胸がある子だから、ちょっと興味が沸いたのと、長谷部の毒牙にかからないか心配だから。」
「お前、失礼だなー。」
「長谷部先輩はミマねらいじゃないんですか?」
「長谷部はね、来る者拒まずだし、興味なさそうな顔して近づいといて、いつの間にか攫ってっちゃうから気をつけないと。特に、千花ちゃんみたいに可愛い女子の被害者は多いからね。」
「お前、余計なこと言うなよ。オレの信用ガタ落ちじゃねーか。」
「大丈夫です。そうだろうなって思ってましたから。」
「さすが、千花ちゃん、よく理解ってる。」
「何だよお前ら。オレは博愛主義なだけだ。」
わいわいと、長谷部と類先輩と話していると、千花のスマホが光った。
「ごめん。もう家。明日でいいから千花預かっといて。」
ミマからの返信に、すぐに電話をかけ直した。
「ちょっと美馬?何で急に帰ったのよ。」
「ごめん。でも、もう千花の目的は達成したから良いでしょ?」
「そうだけど、皆びっくりしてたよ。美馬が急に走っていくから。」
「ごめん。」
「あ、ちょっと待って。」
長谷部が千花にお願い、代わってと、言っているので、千花は仕方なく電話を渡した。
「美馬ちゃん?長谷部。何で急に走り出すかなー。」
「いや、謝罪じゃなくて理由を聞いてるんだけど。」
「あれ?もしもし?美馬ちゃん?聞こえてる?電波悪いのかな?もしもーし?」
ミマが黙り込んだんだなと千花はすぐに思った。やっぱり何かあったんだ。代わるんじゃなかったと思っていると、いつの間にか長谷部の後ろに部長が来ていた。
「繋がったのか?」
「切れてはないと思うんですけど、電波悪いのか、全然ミマちゃんの声聞こえないんです。」と言いながら、長谷部が部長にスマホを渡した。大丈夫なのか?と思っていると、
「楓?」
突然ミマの下の名前を部長が呼んだ。やっぱり知り合いだったのかと千花は思った。
「明日2限の後部室集合。忘れ物預かっとくから。今日はゆっくり休め。じゃぁな。」と通話を終わらせて、千花に渡した。千花は思わず部長に聞いた。
「ミマと知り合いだったんですか?」
「いや。どうして?」
「だって、今名前。」
「文学部地域研究科一年、美馬楓だろ?本人がさっき名乗った。」
千花は、何となくミマが逃げ去った理由が分かった気がした。きっとミマも怖かったんだ。唖然としていると、長谷部が言った。
「じゃぁ、これはオレが部室に持ってときます。」
「え?私が明日返しときますよ。」
「千花ちゃん、明日のお昼一緒にこっちの学食で食べない?」
「へ?」
類先輩が突然明日の昼食の話をするので、千花は驚いて変な声を出した。
「何か用事あった?」
「いえ、用事っていうか、ミマと一緒に食べる約束してたんで。」
「じゃぁそれ、明後日に変更してもらえない?」
千花は、類先輩の考えがわかった。何としてでもこの人達はミマに入部してもらいたいんだ。
「わかりました。ミマにメッセージ送ります。」
「B定食おごるの明後日に変更して。明日はルイ先輩と昼食ご一緒できることになっちゃった。」と、千花が送ると、
「了解。明日の朝忘れ物よろしくね。」返事があった。
千花は、帽子は無理だよ…完全に人質状態だ…と思いながらも、ミマの心境を考え、「OK」と返事をした。送ると言ってくれた類先輩を、千花は、大丈夫ですと丁寧に断って、先にサロンを後にした。