花とバスケと浴衣と
2限目が終わって、類先輩が待つB棟のサロンへ向かった。昨日と同じ33のメンバーに囲まれて座っている類先輩を見て、やっぱりねーと千花は笑った。ところが、類先輩は、千花に気がつくと、立ち上がって違う席に移動した。千花は律儀だなーと驚きながら、
「こんにちは。昨日はありがとうございました。」
と挨拶をした。学食を買って、席につくと、類先輩はやはりミマのことを聞いた。
「千花ちゃん、今朝ミマちゃんどうだった?」
「私がキャップ持ってないことに愕然としてました。」
「そんな大事なキャップなの?」
「わからないですけど、日除けにっていつも被ってたんで。」
「そっか。」
「あの、部室には長谷部先輩がいるんですか?」
「いや、長谷部は行ってない。ふじさんだけ。」
「え?」
「ふじさんが、オレがちゃんと話つけるって聞かなくて。」
「それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫。ふじさんは信頼できる人だから。」
「でも、昨日ミマ、走って逃げたのに…。」
「ミマちゃんってどんな子なの?」
「ミマは、バスケが大好きで、しっかり自分の世界を持ってる子です。」
「彼氏は?」
「居ないと思います。恋愛毎に疎いっていうか、何ていうか…。」
「女子力は低そうだもんね。」
「ミマ、大学入ってからずっと昨日みたいな緩めのパンツにダボッとしたTシャツみたいな男っぽい服装ばっかりなんですけど、本当はすごいスタイル良くて、ちゃんとした格好したらすごいモテるんです。でも、本人は目立ちたくないらしくて、服とかそういうの無頓着で、高校時代は女子からも男子からもすごい人気あったんですよ。」
「確かに、スラッとして、顔も美人さんだもんね。」
「そうなんです。だから、ミマ狙いの人って結構多かったんですけど、ミマは全然その気がないっていうか、そういう所ほんとにド天然で、人の好意に鈍感っていうか、男の子たちがいくらアプローチしても全然気が付かなくて…。」
「なるほどね…。小悪魔だな。」
「いや、計算してやってるなら小悪魔ですけど、完全な天然ですよ、ミマは。」
「千花ちゃんは?彼氏いるの?」
「彼氏いたら、こうやって類先輩にご飯誘われても一人でのこのこ来ません。」
「そう言われれば、そうだよね。」
「類先輩は大丈夫なんですか?いくら33にミマを入れたいからって、こうやって私なんかと二人でご飯食べてて。」
「オレは全然問題ないよ。ところでさ、千花ちゃんはオレの何が良かったの?」
「何が良かった?」
「オレに近づくためにわざわざ見学に来たんでしょ?」
「どんな人なのかな?って。類先輩カッコイイから、話すとどういう感じなんだろう?って興味があったんです。」
「で?どうだった?話してみて。」
「よくわからないんです。でも、こういう風に誰かのことをもっと知りたいとか、話してみたいとか興味を持ったのが初めてだったんで、確かめたかったっていうか…でも実際何を確かめたかったのか自分でもよく解らなくて…。」
「オレのこと好き?」
「多分…。知りたいってことは好きってことなのかな?って思ってたんですけど…。でも、類先輩のことまだ全然知らないから、よくわからないです。」
「そっか…。」
「なんかすみません。中途半端で。」
「いや、良いよ。好きです!ってガンガン来られることが多くて、そうだったらちょっと嫌だなーって思ってたから。助かった。オレも千花ちゃんにちょっと興味あるからさ。」
類先輩は少しホッとした顔で千花を見た。千花は苦笑いしながら言った。
「昨日部長に噛み付いたからですよね?」
「そうだね。意外と芯が強そうだなって。」
「後先考えずに思ったことをはっきり言っちゃうんです。後で言い過ぎたなって反省することばっかりです。」
「その場で相手に言うなら良いんじゃない?後でネチネチ言われるより。」
「そう言ってもらえると、ありがたいです。」
千花がホッとして微笑むと、類先輩も笑った。
「ミマちゃん入ってくれるかな?」
「今朝の感じだと正直、なんとも言えないです。大丈夫かな?ミマ。」
「千花ちゃんは入ってほしいと思う?」
「ミマがやりたいなら応援します。でも、入りたくないって言ったら、私はミマを守ります。」
「オレが頼んでも?」
「…残念ですが、ミマは私と一緒で意志が堅いんで、類先輩にお願いされても、ミマが決めたらミマを尊重します。」
「そっか…。じゃぁますます今日のふじさん次第ってことだな。」
「そうですね。あ、そろそろいかないと。今日はありがとうございました。」
次の授業の時間が迫り、千花は類先輩にお礼を言って立ち上がった。
「こちらこそ。無理やり予定ずらさせてごめんね。」
「いいえ。元々私が望んだことですから。」
「また連絡するよ。」
千花はきっとそんなことはないだろうなと思いながら頷くと、トレイを持ってもう一度頭を下げてその場を後にした。3限目の教室に入ると、既にミマが座っていた。千花は急いでミマに駆け寄った。
「ミマ、ごめんね。大丈夫だった?」
「あぁ、千花。うん、大丈夫。ありがとう。」
「帽子は?」
「返してもらったよ。」
「良かった。人質みたいになってたから心配してた。」
「ホント、人質にとられて、千花の予定も押さえられて、完全包囲状態。」
「ごめん。」
「いいよ。明日のB定食でチャラにしてあげる。」
「ありがとう、ミマ。」
「あ、それから、私33に入ることになったから。」
「え?ホントに?」
「うん。バイト優先で良いって言うし、バスケ自体は好きだからさ。別のスポーツやってみても良いかなーって思ってたけど、特にコレってのもなかったし。ちょうど良かったんだ。」
「ミマ、無理してない?あの、部長さん大丈夫だったの?」
「昨日部長に、今更逃がすつもり無いからって言われてさ、何か怖くて本能が逃げろって。だから走って逃げたんだ。でも、今日話してみて、何かやっぱり威圧感すごいけど、部長はホントにスリーオンスリーが好きなんだなってわかって、一緒にやらない?って言われて、やってみようって思った。昨日見た感じ、スピード感とか体育館でやってたバスケと全然違うからさ、どうなるかわからないけど、やってみるのが楽しみだよ。」
嬉しそうに話すミマに、千花はホッとした。
「そっか、良かった。じゃぁ試合の時は見に行くね。」
「うん。で、そっちはどうだったの?憧れの類先輩。」
「んー。どうってことはないんだけど…。カッコイイ人だなって思って話してみたいって思って話したら、普通に話してくれた。」
「千花から告白する勢いだと思ってたんだけど…?違ったの?」
「んー。自分でもよく解らなくって。絶対近づけないって思ってたのに、ミマのお陰で二人で話すきっかけもらって、話してみたら、普通に話せて…。」
「冷めちゃった?」
「んーっていうか、何を焦ってたんだろう?って思って。」
「そうなんだ。千花がそれで納得してるなら良いけど。」
「うん。ちゃんと好きになれたら告白する。」
「千花らしくて良いね。お互い昨日見学行って良かったね。」
「うん。ありがとう、ミマ。」
千花は3限目が終わると、類先輩にとりあえずミマから入部したと聞いたことをラインで知らせた。
「お昼はありがとうございました。ミマ33に入部したみたいです。これからミマのことよろしくお願いします。」
絵文字も何もない連絡メッセージだったが、千花は類先輩たちの望みどおりになって良かったと、内心ホッとした。類先輩からは
「連絡ありがとう。良かった。千花ちゃんもまた見に来てね。」
と返事があった。終わったな、と思いつつ、コレで良かったんだと千花は自分に言い聞かせた。千花には、類先輩が千花のことをどうも思っていないことがわかっていた。自分に好意を寄せる後輩が、33のサークルに必要な人間を偶々連れてきて、類先輩はそれを利用した。悪意は感じられなかったし、かといって、好意も感じなかった。確かにあれだけカッコイイ人だから、沢山の女の人に言い寄られているだろうし、その扱いにも慣れている感じはあった。悪い人ではない。ただ、簡単には心を開けそうな雰囲気はなかった。
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