花とバスケと浴衣と
3.雨宮准教授
花屋のバイトは順調だった。店長の発案で、千花の梱包紙のミニブーケは、小ぶりのブリキバケツに入れて常時店頭に並べることになり、売上も伸びているようだ。千花は結局、どのサークルにも入らず、授業とバイトに明け暮れる日を送っていた。店内で在庫の確認をしていると、奥さんが話しかけた。
「そういえば、千花ちゃんサークルは決まったの?」
「いえ、結局何にも入ってないんです。何かピンとくるものがイマイチ見つからなくって。」
「そう残念ね。何か夢中に慣れるものが見つかると良いけど。」
「そうですね。私も何かそういうのが見つかればなって思ってるんですけど、ここでバイトしてる方が居心地がよくって。」
「まぁ、嬉しいこと言ってくれるわ。そういえば、あのイケメン君とは再会できた?」
「はい、再会しました。」
「えー?そうなの?」
「33ってスリーオンスリーのサークルにイケメンがいるって噂を聞いて、見に行ったらやっぱり彼でした。」
「やっぱり人気者なのね。」
「はい、そうみたいです。でも、私たまたま、バスケしてる友達がいたんで、その子と見に行ったおかげで、少し話せました。」
「それでそれで?」
「あの時の花束覚えてくれてて、喜んでもらえてみたいです。」
「そりゃそうでしょう。あれ、良かったもの。それでそれで?恋の進展は?」
「残念ながら。」
「そう、やっぱり彼女持ちだったかー。」
「わからないんですけど、多分そうです。でも、話してみても、やっぱり素敵な人でしたよ。」
「そう、千花ちゃんの良い人になれば良いと思ったんだけどなー。」
「さすがにあんなイケメンは私なんかに靡いてくれないですよ。」
「そんなことないわよ。千花ちゃんこんなに可愛くて良い子なのに。」
「はは。奥さんにそうやって言ってもらえるだけで幸せです。」
千花は笑いながら、少し元気がなくなっている様子の観葉植物を指して、奥さんに言った。
「奥さん、この子ちょっと元気なくないですか?」
「そうなのよ。この間入荷した所なんだけど、ここは少しこの子には寒すぎるのかもしれないわ。もう少し日に当ててあげなきゃいけないかしらね。主人と相談してくるわ。」
千花は、少しハリが足りない葉を一枚ずつ丁寧に拭きながら、
「寒いの?元気出して。」と呟いた。
「すみません。」
店頭のお客さんから声がかかった。返事をしながら急いで店頭へ出た。ブリキバケツの中のミニブーケを覗いている背の高い綺麗な女性がいた。
「いらっしゃいませ。」
振り返った女性は、とても綺麗な女性だった。ボブショートの黒髪に、赤いリップが映えていて、すごく大人の魅力を醸し出している。千花は一瞬見惚れてしまった。
「このブーケを一つ頂きたいんですけど、これって他の花でも同じようにしてもらえるのかしら?」
「他の花ですか?」
「もう少し赤みの強いガーベラと、あの紫のマムをいれて、もう少し大きめのサイズで作ってもらえるかしら?」
「オーダーとなると、花単体の価格が違いますので、金額が変わってきますがよろしいでしょうか?」
「もちろん、値段は気にしないわ。カスタマイズしてこの形で作ってもらえるのかしら?」
「この形でですか?」
「ええ、この丸い形でサイズはもう一回り大きく、包装紙とリボンは、このままで。」
「かしこまりました。少々お待ちいただけますか?」
千花は丁寧に対応をして、店内へ案内し、奥さんに相談した。アレンジとなると、千花ではなく奥さんの出番だ。事情を説明すると、奥さん千花に言った。
「じゃぁ千花ちゃんが作って。あのブーケコーナーは千花ちゃんの担当だから、私は同じようにはできないわ。」
「え?でも。」
「大丈夫。いつも通りにすればできるわ。アレンジ料少なく見積もれば問題ないでしょ。さ、お客様の元へ戻って。」
そんなこと勝手に決めて大丈夫なのだろうか?と思いながら、千花はお客さんが選んだ真紅のガーベラ2本と、紫のピンポンマムを中心に、お客さんに確認しながら先程の花束の形をイメージをしながら次々と花を選び、少し大きめの花束を作った。お客さんの要望を聞いていくと、和っぽい色合いの花になったので、緑もお生花で使うような葉蘭や、線の細めの物を選んでアレンジに加えると、お客さんは満足気に頷いてくれた。出来上がった花束を、茶色の梱包紙に包み、緑色の麻ひもを結ぶと、如何にも和テイストな豪華な花束が出来上がった。途中で店頭へ出てきた奥さんが、花束を見て、ウインクをして、レジへ入った。
「うん、素敵。これならきっと喜んでもらえるわ。おいくらですか?」
「この花の量でカスタマイズのアレンジですと、通常4500円頂いているんですが、彼女はいつも店頭のミニアレンジを担当しているアルバイトですので、アレンジ料を差し引いて4000円にさせて頂きます。」
奥さんが説明をすると、お客さんは驚いて、
「まぁ、あなたアルバイトなの?全然気が付かなかったわ。素敵なアレンジにしていただいたんですから、通常通りお支払します。」
といって、4500円を支払った。千花は驚いたが、奥さんは、
「彼女の初めてのアレンジを気に入って頂けて良かったです。すごく日本っぽい花束になりましたね。」
「ええ。親日家の外国人の友人へのプレゼントなんです。きっと気に入ってもらえます。ありがとう。」
お客さんは綺麗に微笑んで、店を出た。
「ありがとうございました。」
奥さんと二人で頭を下げ、お客さんをお見送りすると、顔を見合わせた。
「良かったんでしょうか?」
「もちろんよ。あー、写真取っておけば良かったわね、あの花束。本当に素敵だったわよ。あそこに葉蘭を使う発想は私には無いわ。華道部の千花ちゃんならではね。」
奥さんはべた褒めしてくれたが、千花は本当に自分の作ったものをアレンジの商品として売ってしまったことに、戸惑っていた。
「自信を持って、千花ちゃん。お客様が決めたことなんだから。」
「綺麗な方でしたね。」
「そうね。この間のイケメン君を思い出したわ。」
奥さんに言われて改めて思い描くと、確かに何となく類先輩と雰囲気が似ているような気がした。

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