部長は私を甘やかしすぎです!
第一章
◯大型スーパーマーケット『サクラスーパー三沢店』
総務部 部長 真中から店長に一枚の紙が渡される
<回覧>
社員及びパートの方へ
店をより良いものにするための面接を下記の日程で行います。
一人三十分程度、四月中旬より随時、日程は店長と相談のこと
サクラスーパー総務部 部長 真中竜二
店長 「部長これは?」
竜二 「みんなに回覧して下さい。私が面接を全員とします。業界も厳しいので色々皆の意見を聞こうと言うことで……何でも言って欲しいと皆に伝えてください。日程と時間が決まったらFAXで、あと面接の順番に履歴書を用意してもらえれば」
店長 「はい」
竜二 「あと、お客様の声の紙を半年くらい見せてください」
店長は机からファイルを出してくる
店長 「これをどうぞ」
竜二 「ありがとうございます。ではこれで失礼します」
店長に見送られて竜二は車に乗って帰っていく
店長は掲示板に回覧を貼り出した
◯サクラスーパー本社ビル 部長室
持ち帰った書類に目を通す
竜二 (どこの店舗も同じような感じだな。クレームも同じ人が多いし、書いてる客も同じ人っぽい。レジの対応、笑顔がない、話し方……ん?)
竜二は一枚の紙に手が止まる
竜二 (三沢店か……)
『いつも利用させていただいてます。普段は午前中利用するのですがたまたま夜に買い物に行ったところ私が並ぶと若い女の子が休止の札を出してくれて、ごゆっくりどうぞ、と笑顔で対応してくれました。年をとるとお金を出すのが遅く後ろの人に迷惑をかけてしまいがちですがゆっくりお釣も財布にしまうことができました。以前焦って小銭を落としたりすることがあったのでとても嬉しく思いました。』
竜二 (へぇ、若い子か……お客様はクレームばかり書くが誉められると嬉しいものだな)
竜二は自然と笑みがこぼれていた
竜二 (どんな子だろう。興味がある)
三沢店に電話をかけた
竜二 「店長ですか?真中です。しばらく色々な時間に店舗を見てまわりたいので私を見かけても声をかけないでもらえますか?私服でウロウロするので」
店長 「わかりました」
次の日から仕事の合間をぬって私服に着替え店内をウロウロしたり買い物したりする
夕方の客が多い七時頃になってきた
竜二 (ん?何で客はレジが均等にあるのに一つだけ長い列が出来てるんだ?普通バラけるだろう)
気になった竜二は長い列に並んでみることにした
竜二 (進みが早い!)
レジ打ちを見ると若い女の子だった
店員 「こんばんはー、お仕事お疲れ様です」
客 「疲れたわ~今日は手抜きよ(笑)」
店員 「たまにはいいじゃないですか(笑)」
客 「よねー、ありがと」
店員 「ありがとうございました」
前の客との会話が耳に入ってきた
竜二の番になる
店員 「いらっしゃいませ、お箸をお付けしましょうか?」
竜二 「いや、いいです」
店員 「ありがとうございました」
竜二 (いい笑顔だな)
レジが終わり後ろ向くとまだ長い列が続いていた
竜二 (他のレジも埋まってはいるが倍くらいの客が並んでいる。それに早いからみんな解ってこのレジに並んでいるのか?……)
袋詰めをしていた主婦の会話が耳に入ってきた
客 「やっぱ若ちゃんとこが早いわよねー」
客 「そうそう、つい話してしまうんだけどいつの間にか通し終わってるもんね」
竜二 (暫く仕事振りを見てみるか、夜の方が仕事帰りにもいいしな……)
次の日も次の日も竜二は長い列に並ぶ
店員 「あら?今日はビールが一本多いですよ(笑)」
客 「いやあ、若ちゃんには参るなあ。今日は暑かったからね~」
店員 「今日は確かに暑かったですよね。飲み過ぎないようにしてくださいね」
客 「ありがとう」
竜二 (普通客の買った物なんて覚えてないし、口を出すものでもないけど、客がありがとうと言ってる。誉められていた若い女の子っていうのはあの子っぽい)
◯サクラスーパー三沢店 店長室
朝から面接が始まった
店員 「ちょっとー、部長さん、イケメンだったわよー、あっ次の人どうぞって」
店員 「じゃあ、いってきます」
面接を終えた店員が皆に嬉しそうに話していた
店員 「優しい言葉もかけてくれてねー、仕事頑張ろうって思った」
店員 「私明日だ、楽しみ!普段会えないもんね」
店員 「あの若さで部長なんてすごいわ」
従業員に竜二がイケメンで優しいという情報が三沢店では流れていく
そして面接最終日、竜二は昼休憩をとっていた
店長 「お疲れ様です」
店長がコーヒーを入れて持ってきてくれた
竜二 「疲れました(笑)」
店長 「どうですか?」
竜二 「人の話を聞くのは疲れますね、いいことばかりじゃないですからね」
店長 「まあ、どこの会社も不満はあるでしょうからね。二週間お疲れ様でした」
竜二 「お客様あっての商売ですからね、店の評判はすぐ広まります。改善できるところはすぐにしないと、指導が必要な人もやっぱりいますね」
店長 「そうですね、ベテランになると私の言うことも聞かないですからね。部長が言ってくれたほうがいい場合もあります」
竜二 「なるべく聞くようにします。店長も何かあったらすぐ連絡下さい」
店長 「わかりました」
時間は夜の八時を過ぎた
竜二 (あと一人か……例の彼女だな)
コンコン
竜二 「どうぞ」
店員 「失礼します」
竜二 「どうぞ、座って下さい。部長の真中です」
店員 「はい」
椅子に座って顔をあげた
店員 「あの、どこかでお会いしたような……」
竜二 「ああ」
竜二は前髪をくしゃくしゃと手ぐしでおろした
店員 「あっ、この間からお買い物に来てた方……」
竜二 「さすがよく覚えているね、若宮雫さん。今は仕事中だから髪戻すね」
竜二は前髪をかきあげた
雫はその仕草にドキッとする
竜二 「さて、話を聞きたいんだが……」
雫 「はい」
竜二 「これは君かな?」
竜二はお客様の声の紙を雫に見せる
雫 「あっ、はい、すみません!お客様を勝手に止めてしまって……もう閉店近くでお客様が少なかったので」
雫は頭を下げた
竜二 「いや、気になってたんだ。ちゃんとお客様のことを考えられる若い子がいるんだと思って……お客様をよく見てますね?この間から三沢店をウロウロしていたのに私に気づいたのはあなただけです」
雫 「私の時間帯は仕事帰りの方が多くてだいたい同じお客様が多いので逆に部長に気づいたのかもしれません。じゃあお客様と話しているのも見られてますよね?」
竜二 「そうだね、見たし、耳でも聞いたね。でも待たれてる方に迷惑じゃなければ多少は構いませんよ。実際にそれを喜んでいる方もいらっしゃいました。若ちゃんと呼ばれてるんですね」
雫 「はい」
竜二 「他に色々君の意見を聞きたい。話してくれるかな?」
雫 「はい」
コンコン
店長が入ってくる
店長 「あの、もうお時間ですが……」
竜二が時計を見ると三十分以上過ぎていた
竜二 「早いな(笑)すぐ終わりにします」
店長は部屋を出ていった
雫 「すみません……長々と」
竜二 「いや、色々な話が聞けたしもっと話を聞きたいんだが……若宮さん、この後食事でもどうかな?話の途中だったし、次は違う店舗の面接になるから三沢店には暫くこれないんだよ」
雫 「えっ、食事ですか?」
竜二 「うん、用事ある?」
雫 「いえ、帰って寝るだけですけど……でも私の話なんて……」
竜二 「うん、聞きたいな」
竜二はニコニコした笑顔で雫を誘った
竜二 「店長と少し話があるから家に帰っていてくれる?住所みたらここから近いよね?」
雫 「はい」
竜二 「職権濫用かな?駄目?」
雫は竜二の誘いを断る理由がなかった
雫 「わかりました」
竜二 「じゃあひとまずありがとう」
雫 「失礼しました」
雫は部屋を出ていった
店長 「お疲れ様でした」
竜二 「疲れました(笑)、これお返ししときます」
書類を返す
竜二 「このお客様に誉めていただいてたのは若宮さんでした。店の中で私に気づいたのも……」
店長 「あの子は本当に人気があります。大学生ですが辞められると痛手です」
竜二 「そうですね……では私はこれで失礼します」
店長 「お疲れ様でした」
店長は竜二を見送った
店長 (部長なのに全然偉そうじゃなく私らにも敬語で話してくれる。あの若さで部長になる理由もわかるな)
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