太陽と月の物語
久しぶりに帰った地元。
中学生だった頃よりも随分と変わった街を歩く。当てもなく彷徨う姿は心とアサを失ったあの頃と同じだ。
俺と心が通った保育園。
その先を東へ真っ直ぐ進んで、一つ目の角を曲がると、右側に心の家がある。
懐かしい。
中学の卒業式の日に心のご両親は会いに来てくれた。高校からは地元を離れたせいで、ご両親とは会っていない。心によく似た優しい2人は元気にしているだろうか?
保育園、小学校時代はしょっちゅう遊びに行った家。
何気なく向かった俺は玄関前で固まった。
心の家の建物は確かにあった。しかし、インターホン横の表札に目を疑う。
そこに書かれた名字は心の名字である『皆川』ではなかったのだ。
「……お袋!お袋」
こんなに慌てて実家に帰ったのは初めてだ。
晩御飯の支度をしていたらしいお袋が驚いた様子で台所から出てきた。
「帰ってきたの?連絡ぐらいいれなさいよ」
本当は実家に寄るつもりはなかったから、お袋に帰ってきているとは伝えていなかった。
でも俺はそれどころじゃない。
「心の家行ったら、表札が皆川じゃなかったんだけど!?」
「ああ、そのこと?随分前に売りに出されてたよ。喫茶店を始めるために真紀子さんが生まれ育った街に引っ越したんだって」
真紀子さんは心のお母さんだ。夢に向かって旅立ったのだと聞き、ホッと安堵する。
「猫も飼い始めたみたいで密かに人気らしいよ。一度調べてみなさい。あ、晩御飯食べていくでしょ?お父さんも喜ぶわ」
「うん。悪いな、突然来て」
「いいのよ。ここは貴方のうちだもの」
リビングに上がるよう促したお袋は俺にポストカードを渡してきた。
『山の上の珈琲屋 こころの里』
「ここが言ってた喫茶店?」
「そう。私もあの家が売りに出されて慌てて真紀子さんに電話したの。お父さんと2人で行って来たわ。とっても良いところなの。自然も沢山あって、猫も可愛くて。真紀子さん、生き生きしていて安心した」
住所は奈良県だった。ここから随分と離れている。
真紀子さん達が元気そうで良かった。写真とかはないのかなとスマホで喫茶店を検索する。
あっさりとヒットした。
立地は山奥の不便なところにあるものの、自然に囲まれた穏やかな場所は常連客に人気があるらしく、SNSでは結構な数の写真が出てきた。
飼っているらしい猫の写真も多い。猫は「はなちゃん」というらしい。