太陽と月の物語
「おい」
デスクに戻ろうとした私をたった2文字が呼び止める。私にだって、ちゃんと名前があるが、彼が私の名前をちゃんと呼んだことはない。
「これ明後日の資料」
「12部印刷してホチキス止め、でよろしいですか?」
「ん」
「承知いたしました」
彼は八幡真月(やはたまつき)。
企画課主任。クールな性格と整った顔立ちは、人を惹きつけるものの簡単には寄せ付けない。そんな彼こそ企画課の「月」だ。
入社してから彼が企画した商品は負け知らず。特に昨年、外国人にターゲットを向けた日本酒『SAKURA』は会社創立以来のベストヒット商品になり、社長直々に表彰されていたのは記憶に新しい。
言葉少ない指示を読み取り、彼が望むように動く私を何故か周囲は相棒として認めているらしい。「太陽と月」として二人セットで覚えられている。
社内一仕事ができる男と地味で目立たない女。
私が彼の相棒だなんておこがましい。ただ彼との付き合いが長いだけに、彼の動かない表情から感情を読む洞察力が勝手に身についただけなのだから。