太陽と月の物語

『飲みに行かないか』

ホワイトデーの前日、将大さんから連絡が来た。

『いいですよ』
『俺がそっち行くわ』

俺の職場の近くに来た将大さんを連れて入ったのは、以前から気になっていたバー。
賑やかな場所で飲むより静かに飲みたいという将大の意見を聞いたとき、一番に浮かんだのがここだった。

小さな黒板がドアの前に置かれただけのバーには白いチョークだけで店の名前が書かれている。
『Cry for the Moon』

「“Cry for the Moon”か」

将大さんが呟く。

「“無い物ねだり”ですね」

無い物ねだり。
失ったものをもう一度探して彷徨う俺や朝陽のようだ。

将大さんが先に入り、俺のためにドアを押さえていてくれた。軽く頭を下げて中に入ると、前方から今から帰るらしい男女のカップルが歩いてきた。

「っ……!?」
「朝陽ちゃんと……晃か?」

相手の女性が息を呑み、将大さんが呆然と呟いた。俺も言葉を失う。

朝陽だった。
もう一人の男に手を繋がれているのは、さっきまで同じ職場で仕事をしていた朝陽。

晃と呼ばれた男を俺は知らないが、将大さんはどうやら知っているようだった。
< 57 / 121 >

この作品をシェア

pagetop