太陽と月の物語
「麻子は即死でした。真月は脚を負傷し、陸上の世界には戻れなくなりました。私は5日後に目を覚ましましたが……心くんは……意識が戻ることなく、亡くなりました」
「……そんな……」
アキラさんの顔が歪む。今にも泣き出しそうで、その瞳が潤んでいた。
「心くんは女の子に人気があって、私は色んな人に言われたんです。“心くんが助けたのはあの子だ”、“あの子が死ねばよかったのにね”って。……本当にその通りだと思った」
「そんな訳ないよ!朝陽が死ねばよかったなんて……そんなこと!」
アキラさんが静かなバーに似合わない大きな声を上げるから、マスターに目線で注意を受けた。
アキラさんも自分の行動を恥じて、すみませんと2人で頭を下げる。
「……ありがとう、アキラさん。でも、本当にそう思うの。麻子と真月もあのとき引き止めなかったら……って。だからボロボロになった真月に言ったんです。“私を麻子の身代わりにすればいい”って」
「その真月って男は……もしかしてこの前将大さんとここに来ていたあの……?」
鋭いアキラさんは簡単に勘付いた。嘘をつく理由もないので素直に頷く。
「真月は麻子のことを“アサ”って呼ぶんです。だから、私はベッドの中ではいつも朝陽じゃなくて“アサ”なの」
「だったら尚更、君のことをアサちゃんなんて呼べないな」
彼の指先が頬を掠めたかと思うと、温かい手のひらで包まれた。
「俺が好きなのはアサちゃんじゃなくて、春川朝陽なんだから」
そう言ってアキラさんは微笑んだ。
……この温もりに包まれたなら、私は多分この上なく幸せになれるんだろう。
この手を取ったら、きっともっと楽に生きられるのだろう。
……でも……。