太陽と月の物語
丁度、そのタイミングでマスターが、ハーブティーを出してくれた。
熱々のそれを息で冷まして美味しそうに飲んだ真紀子さんは、優しい微笑みを浮かべる。
「私ね、自分が開いた喫茶店を始めたいっていう長年の夢があってね。それが今年、叶うの。実家の空き家を改装して、山奥なんだけど、小さなお店を開くことにしたのよ」
真紀子さんはとても楽しそうに目を輝かせながら、夢を語った。
「従業員を一人雇うつもりでいたんだけど、良かったら朝陽ちゃん、一緒に働かない?」
「そんな……妊婦なんて行ったらご迷惑ですよ!」
「いいのよ。そんな大きなお店でもないし。住み込み、三食賄い付きよ。うちなら、私でも旦那でも子供の面倒を見ることができる。いい話だと思わない?」
いい話だと思う。
退職を決意した今、住み込みで賄い付きなんて惹かれない訳がない。
だけど、そこまで私にしてもらう理由なんてない。
私が躊躇う理由を察した真紀子さんは机上に置かれたままだった私の手を握ってきた。
「朝陽ちゃん。私にはね、子供は心一人だけだったの。だから、孫は一生抱けないと思っていた。……そうね、朝陽ちゃん。貴方が心のことで罪悪感を抱いているなら、私と主人に孫を抱かせてちょうだい」
どうすればいいのか、不安な中で、そっと差し出された希望の手。
その手は温かくて。
私は一人じゃないんだと思えた。
この温もりで、私のお腹の子を包んでほしい。
心が出来なかった、真紀子さんに孫を抱かせるということを叶えられるなら……。
それで、真紀子さんやそのご主人が幸せになれるなら……。
「お、お願いします!私を……働かせてください!」