太陽と月の物語
1カ月後。
私のワガママで誰にも退職を伝えなかったせいで、最後の挨拶は出来なかった。今日まで退職を黙っていてくれた部長には最後にお礼を言って私は6年間勤めた会社を去った。
真紀子さんのご実家は奈良県にある。必要なものはそっちに送った。寝る場所さえない私は数日だけホテルで寝泊まりしている。
明日、手荷物を持って、真紀子さん達と新しい住居に移る予定だった。
その前に最後にやらなきゃいけないことがある。
真月が一人暮らしを始めるときに渡された合鍵を返すこと。
何回、この鍵を使って家に入っただろう。
帰宅時間だけを知らされたラインを受け取っては、彼のために夕食を作り、帰りを待っていた。
真月の部屋の前に来た。
直接渡す勇気なんて持ち合わせていないから、封筒に入れた合鍵を、そっとポストの中に落とす。
カチャン。
金属音が虚しく響いた。