ロボットな同僚
くいっ、彼は眼鏡を押し上げた。

「はぁ……」

渋々、彼のあとに続く。
会社外は彼と別行動したい。
が、なぜか遅くまで残業した日、たいてい彼も残業していて駅まで一緒に歩く。
拒否したいけれど、彼がそうさせてくれない。

黙々と彼の後ろを歩く。
私なんかおいてさっさといけばいいのに、なぜか彼はゆっくり歩いた。
彼がなにをしたいかなんて、私には全くわからない。

「あっ……」

目の前をなにかがひらひらと落ちていく。
私が立ち止まり、小さく声を出したものだから彼が振り返った。

「あ、いや、桜が……。
もうそんな時期なんだな、って」

見渡した範囲には桜などない。
あの花びらはどこから飛んできたんだろう。

「……」

無言で、彼が私の腕を掴む。
そのまま彼は強引に歩きだした。

「えっ、ちょっ……!」

なんの説明もなく、どこかへ引っ張られていくのは怖い。
しかも相手は無表情だ。

「やだ、離して……!」

多少、抵抗したところで彼は手を離してくれそうにない。
それに遅い時間のオフィス街、大きな声を出したって聞いている人などいない。

「離して……お願い……」

次第に声が鼻づまりになっていく。
落ちそうな涙に耐えるように鼻を啜ったところで、小さな神社の前に出た。

「え……?」

境内には一本だけだけど立派な桜が咲いている。
しかもライトアップするかのように街灯がひとつ、脇に立っていた。

「ここ……」

「……穴場なんだ」

桜の下、彼はくいっと眼鏡をあげた。

「きれい……」

もしかして、私に見せようと連れてきてくれたのかな。
無言で手を引っ張られるのは怖かったけど。

「その。
……ありがとう、ございマス」

「ん」

彼とふたり、黙って桜を見上げる。
風に乗ってはらはらと花びらが舞い落ちた。

「……ついてる」

彼の手が伸びてきて、私の髪に触れた。
こそこそと動く手が、なんだかこそばゆい。

「取れた」

花びらを摘まみ、彼が離れる。
見上げた彼は唇を僅かに緩め、――笑っていた。

「あ、ありがとうござい、……マス」

言葉は尻すぼみになって消えていく。
顔が、耳まで熱を持ち、上げられない。
彼が、あんなに幸せそうな顔をして笑うだなんて知らなかった。
無表情からのあの笑顔は反則だ。
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