光りの中
 父の会社が倒産した。

 突然、前触れも無くその日はやって来た。

 学校から紀子が戻って来ると、家の玄関口にまで怒鳴り声が聞こえて来た。

 声の主は父で、こんな時間に何故?と紀子はいぶかしんだ。

 会社から帰って来るには時間が早すぎる。

 仕事人間の父は、雇い人の誰よりも早く会社に出勤し、誰よりも最後まで仕事をする人だったからだ。

 居間のソファで、父の背中が小さくなっていた。

 傍らで、母が泣いている。

 夫婦喧嘩でもしたのかと一瞬思ったが、どうも様子が違う。

 紀子に気付いた父が、苦しげな表情で見上げた。

 その時の顔が、十年以上経った今でも脳裏から離れない。

 初めて紀子が目にする弱々しい父の姿。

 搾り出すようにして、会社が倒産した経緯を苦しげに話した。


「明日にでもこの家を出なければならないんだ……」

「出るって、アタシ達いったい何処に行くの?」

「何とか家族3人が住めるアパートだけは見つけたから心配要らないよ。ただ……」

「ただ、何?」

「学校の事なんだが…学費の方が……。公立に移るか?
 公立ならば、最悪奨学金で通うという事も出来るし……」


「まってえな、いきなりそんな事言われたかて今此処で答えなんか出せへん。
それに、アタシ嫌やで。
 会社が倒産したかて何も学校を変わる必要なんかあらへん。貧乏になりました、だから高校にも通えへんなんて、みっともないわ」

「そうは言っても学費を払ってやれないんだから……」

「働く……」

「……?」

「自分で学費位稼いだるわ!」


 紀子の何時になく烈しい物の言いに、両親共ただ目を丸くするばかりで言葉を返せなかった。

 翌日、夜の繁華街に一人の新しい蝶が誕生した。


 葉山さつき


 紀子の夜の名前である。




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