光りの中
「お疲れさん。よく来てくれたね。ひょっとしたら電話も来ないかと思ってた。何を飲む?」


 勝又の前にウイスキーのボトルがあった。

 彼はロックで飲んでいるようだ。


「それを……」


 ボトルを指差し、紀子は少しはにかみながら言った。


「水割りでいいかい?」

「はい」


 カウンターの中の若い女がグラスを一つ取り出し、氷を入れ水割りを作った。


「先程お電話頂いた方ですよね?
 亨さんが此処に女性の方を呼ぶなんて初めてやから、どんな方やと想像してたんやけど、こんな美人さんと逢い引きやなんてすみにおけへんわぁ」

「逢い引きだなんて随分古臭い言い方やな。逢い引きとは違うよ。そんな事言ったら紀子ちゃんに怒られる」

「紀子さんいわはるの?初めまして、うち雅子いいます」


 若い女性は微笑み、自分の飲みかけのグラスを差し出して来た。

 紀子も自分のグラスを持ち、勝又と三人で乾杯した。


「この店の名前はママの名前から一文字取ってつけたんだ。
 見ての通りまだ若いけど、この前迄はミナミの高級クラブでその名をしられていたんだ」


 ミナミの高級クラブと聞いて、紀子は一瞬ドキリとした。

 高校時代にエル・ドラドで働いていたという事は、当然、誰にも話していない。

 何だかママの視線が自分を探っているかのように感じた。


「どう、仕事は慣れたかい?」


 そんな紀子の胸の内など、勝又は知る由も無い。


「はい。まだ叱られてばかりですけど」

「横山さんは口が悪いからなあ」


 横山というのは、古参の女子社員の名前だ。

 当たり障りの無い会話が続く。

 それでも楽しいと感じた。

 二杯目を半分ばかり空けた辺りから、紀子は急に酔いが回って来た感じになった。





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