光りの中
 紀子と勝又の仲が社内で噂になる事は無かった。

 課が違うから、最初の時の出会いみたいに、紀子が残業でもしない限りは社内で顔を会わす機会が滅多に無い為、それが幸いした。

 二人が会うのは、夜遅くなってからで、大概は『雅』で待ち合わせした。

 軽く飲んだ後は、決まって近くのラブホテルへ行く。

 一度、紀子が、


「普通のデートがしたいなあ」


 と言った事がある。

 紀子からすれば、何だか密会を続ける理由ありのカップルのように感じたからだ。

 せっかく新しい恋がスタートしたのだから、もっと世間一般的な恋人同士の日常を楽しみたいと思ったのだ。

 だが、勝又との逢瀬はその後も変わらなかった。

 会社が休みの日に、映画にでも行こうと誘ってみた事があったが、勝又は煮え切らない態度を取り続け、結局は何時もと同じ夜の密会で終わる。

 それも、決して朝まででは無い。

 そういえば、初めての夜もそうだった。

 勝又と付き合うようになって半年ばかり過ぎた頃、紀子は少しずつ疑念を抱き始めていた。

 勝又に女の匂いを感じたのである。

 証拠は無い。

 ベッドの中では、そういった気配を一切見せない勝又だが、紀子の直感がそう感じた。

 だがそれを口にする勇気は無い。

 たとえ僅かな逢瀬でも、勝又は女としての喜びを与えてくれた。

 今それを失いたくない。

 自分の不確かな妄想で、大切な恋を妙な形で崩したくはなかった。

 自分の勘違いであってくれと思いつつ、勝又との仲はそれから暫く続いた。





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