光りの中
1999年7月の奇跡
 朝の八時の時点では、まだ誰も並んでいなかった。

 入口前の路上に打ち水をし事務所に戻る。

 コーヒーをいれ、高ぶる気持ちを落ち着かせようとしてみる。

 野毛で観たステージを思い返し、姿月の動きを頭の中でトレースする。


 全体に暗いトーンの照明にした方が良いかも知れないな……


 うつらうつらとそんな事を考えているうちに、他の従業員も出勤して来た。

 事務所で前日迄に送られて来た音(出し物用の音源)をもう一度チェックする。

 その踊り子が使用するBGMを予め頭に入れて置くと、そうでないのとでは、実際に照明を当てる際に慌てないで済む。

 姿月は恐らく何時も通り、自分の演目のポイントをワープロで打った物を用意して来る筈だ。

 他の踊り子は、意外とその辺は無頓着だ。

 結構口煩く照明に注文を付ける踊り子でも、その割には口頭で伝えるだけで、それも抽象的な説明しかしない場合も多い。

 こちらである程度は彼女達の意を汲み取って上げなければいけない。

 時間はまだあるから、事務所のデッキで何人分かの音を聴いてみた。

 イメージを膨らませ、頭の中で照明のシュミレーションをする。

 ダンスをしている姿を想像出来る踊り子も居るが、大半はなかなかそれが浮かばず、照明自体も画一的なものしかイマジネーション出来ない。

 ヘッドフォンで音を聴いていたら、マネージャーが僕の肩を叩き、まだ最近入ったばかりの新人従業員を僕に紹介しに来た。


「彼に照明を教えて欲しいんだけど、佐伯さん面倒見てくれないかな」

「どれ位で?」

「今週の顔触れならどれ位で教えられるかな?」

「何人か顔見知りのお姐さんが居ますから、その時に頼めるとは思いますけど、実際のところ、ステージを観てみないと何とも言えませんね」


 正直な話し、照明を他人に教えるというのは難しいものだ。

 それ以上に僕の気持ちの中に、いい加減な気持ちの奴に照明なんかやらせたく無いという思いがあった。

 若い新人従業員は、いよいよ自分も照明が出来ると思ってか、表情も浮かれ気味だ。


 奴には無理かも知れない……


 理由も無くそう思った。


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