光りの中
「お疲れ様でした!」


 次の週の支度もあり、僕は楽屋へ行った。

 姿月が一人、鏡の前でぼんやりとしていた。

 その表情は、つい今しがた迄見せてくれていたものとは違う、女性としてのか弱さが窺えた。


「お疲れ、佐伯君ありがとうね」


「えっ?あ、いや感謝をしなければならないのは僕の方です。
 うちの社長にも叱られましたから、いくら仲が良い踊り子さんだからといって、我が儘言っちゃ駄目だって」

「ほんまやわ、あんたのおだてに乗って五つも出し物演っちゃうやもん。荷物だけでも大変やったんやからね。でも、楽しかった……」

「はい……」


 僕と姿月はその後の言葉を飲み込んだ。

 ともに余韻に浸っていた。


「来週は誰が乗るん?」


 明日からの出演者を教えると、


「なんや、知らん子ばかりやな。もう一週此処で仕事させてくれへんやろか……」


 冗談とも本気ともつかぬ独り言を言いながら、姿月は身の回り品の入ったバックを肩に担いだ。


「下まで持ちます」


 楽屋を出、階段を降りる時、僕は彼女との別れを惜しむかのように未練がましくゆっくりと歩いた。


「重いやろ」

「全然平気です」


 その時に見せた柔和な顔を僕は今でも鮮明に思い出す。


「ありがとう。なあ、佐伯君……」

「はい?」

「仕事、頑張ってね」


 それが彼女から直接聞いた最後の言葉になった。

 僕からバックを受け取り、姿月は駅に向かって歩いた。

 僕はその後ろ姿を暫く眺めていた。


 こうして、僕にとって生涯忘れる事の出来ない十一日間が終わった。



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