光りの中
 龍之助は真っ白なキャンパスに向かって今にも筆を走らせようとしていた。

 だが、その状態で既にかなりの時間が経っている。

 昨日の興奮をそのまま絵にしてみたいという衝動に駆られ、自宅に戻ってから一睡もせずにいる。

 気が付いたらもう昼近くだ。

 もやもやとしたものが頭の中で蠢いている。

 形にならない。


 俺は表現者じゃないのか?

 見た物、感じ取った物を絵に表現し直す具現者じゃないのか?

 いや、自分をそんな偉そうな者と思ってはいけない。

 感じたままのもの、それが自然と筆先に伝わる迄待てばいいんだ……


 そう思いながらじっとキャンパスの前に座っている。


 もう一度……

 もう一度、彼女の舞台を思い出すんだ……


 瞼の奥に焼き付けてあった姿月の裸体を再び思い返した。

 人を射るような強い視線……


 そうだ、あの眼だ!

 眼なんだ!


 龍之助の右手に握られていた筆が突如として走り始めた。

 その筆はキャンパスとパレットの間を何度となく往復し、真っ白だったキャンパスに一人の裸像が浮かび上がって行った。




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