光りの中

1…失踪

 微かに遠くから聞こえていたベルの音が段々と大きくなって来る。

 夢から現実へと引き戻したその音は、枕元に置いてあった携帯電話だった。

 画面に表示された番号は、和歌山の劇場からのものと、大阪の所属劇場からのもが羅列されていた。

 時計の針は昼の十二時を既に回っていた。


 間に合わへん……

 でも行かんと……


 少しずつ覚醒して行く意識の中で、何故か身体だけがピクリとも動いてくれようとしなかった。

 このままだと、間違いなく初日の一回目には出れない。

 ベッドからなかなか起き上がろうとしてくれない身体。

 時間ばかりが情け容赦無く過ぎて行く。

 姿月は、今までどんな場末の舞台でも踊るのが嫌だと思った事は無かった。

 そこに自分を優しく包んでくれる光りさえあれば、例え客が一人しかいなくても平気だった。

 それが、今は身体も心も踊る事を拒んでいる。

 姿月は、はっきりと感じた。


 拒絶する心に素直に従おう……

 その先にあるものはきっと荊の道やろうけれど、此処で自分に正直に生きやなどうする……


 姿月は、ベッドから跳ね起きると、急いで身支度をし、僅かな身の回り品だけを詰めたバックを手にしてマンションを出た。

 通りかかったタクシーに乗り込み、運転手に告げた行き先は、雅子のマンションであった。









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