涙、夏色に染まれ
 良一が遠い目をした。
「平和な学校があるんだなって、びっくりしたよ。教会の施設から通う転校生なんて、いじめられて当然だと思ってたのに」

 奇跡みたいだと、あたしも思った。真節小にはいじめがなかった。たった七人では、いじめなんてもの、成立しようもなかったのかもしれないけれど。
 でも、あんなに仲がいい子どもたちの集まりなんて、真節小のほかには知らなかった。みんなが兄弟姉妹みたいだった。

 実際、血のつながりがなくても、にいちゃん、ねえちゃんって呼び合うのが小近島の習慣だった。大人たちも、お年寄りもそうだった。年の近い和弘は別として、あたしも年下の子たちから、ねえちゃんって呼ばれていた。その響きが新鮮だった。

 あたしは真節小に来る前、大近島でいちばん大きい小学校に通っていた。児童数は約五百、一学年に三クラス。両親を通じて耳に入ってしまった裏情報によれば、なかなかに問題の多い学校として有名だったらしい。

 いじめを初めて目撃したのは、三年生のころだった。あたしは、なぜその子をいじめるのかという具体的な問題というより、いじめる側といじめられる側が存在するという力関係そのものがまったく理解できなかった。

 あたしは、いじめられている子にも普通に接していた。それがクラスの中でのタブーだと、ちっとも感じ取れなかった。だからといって、あたしに被害が及ぶことはなかった。
 何せ、あたしは特別だった。勉強ができたし、何でもハッキリ言うし、教員の子という特殊な身分だ。その上いじめすら超越してしまったと、まわりはあたしを持てはやした。

 いじめというものが理解できなかったというのは、きっと、あたしの本質をハッキリと示す証拠の一つだった。あたしは集団生活が苦手だ。
 女の子は普通、だんだんと集団生活を身に付けていく。そうする中で、自分に近い人とそうでない人を見分けて、グループを作り、仲間外れを作る。あの子は違う種類の子、という素朴なフィルターが、いじめの根っこにある。

 あたしは、仲間と仲間外れの見分けが付かなかった。グループを作るのが普通だと気付いてからも、フィルターを分ける意味がわからなかった。納得できないことはやりたくなかった。だから、いじめには加わらなかった。

 ただ、いじめというものが確かにあるんだと、四年生になるころには見えるようになっていた。いったん見えるようになると、人間関係の色分けができるようにもなった。それぞれの色の中で一生懸命に団結しようとする人たちを、冷めた目で見ていた。

 あたしはどこにも入るもんかって決めた。自分たちの色を濃くするためには、ほかの色の悪口を言うのがいつものパターンだ。そうやって濃くなった色はどれも、汚く濁っている。そんなものに染まりたくない。
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