涙、夏色に染まれ
 最初に良一を見たとき、前の学校でいじめられていたんだろうと、あたしはすぐに勘付いた。的外れではなかったらしい。小近島教会のシスターが野菜のおすそ分けを持ってあたしの家に来たとき、良一の過去について、母と話す声が聞こえてしまった。

 複雑で凶悪な家庭事情らしかった。本人には「家族がいない」と伝えるほうがよほど誠実で親切だ、というくらいに。
 でも、良一は暗い子じゃなかった。普通に笑うし、ちゃんと食べるし、勉強だって頑張っていた。運動は少し苦手だった。いい子でいようと必死で、泣きながら笑っていることもあった。涙を流しているのに、自分で気付いていなかった。

 明日実が良一を見上げた。
「良一は一生懸命、方言ば覚えたよね。最初はいろいろおかしかったけど、だんだん気にならんごとなった。普通に島の言葉ば話すごとなったよね。今は東京の言葉になっちょっけどね」
「それさ、昨日、結羽に指摘されたんだ。無理に方言でしゃべろうとしてたら、不自然だからやめろ、って」

 明日実があたしを見る。
「結羽は標準語のまま。あのころも今も。どげんしたら、そがんきれいか発音で話せると?」

「別に、普通にしてるだけ」
「教頭先生は方言で話しよったとに」
「父は島の出身だから。まあ、父が話す言葉は、小近島の言葉とは微妙にイントネーションが違うけど」
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